私がうちのムスコくんの5歳という年齢に拘ってやっぱり日本語をと思い立ったのは、私自身、初めて英語に触れたのが、5歳から8歳までの海外生活だったこと。英語のわからない私と7歳の兄は、
英国人の経営するインターナショナルナーサリースクールに入り、
私自身は全然苦労をした覚えもなく、英国系インターナショナルスクールの2年生まで行って、今度は日本の普通の小学校2年生に編入しました。家庭内では日本語でしたし、たまに漢字の通信添削みたいなのをしていた覚えもあるので、帰国後も殆ど遅れはなく、日本の小学生になりました。

2歳の違いとはいえ、うちの兄はインターナショナルで苦労して、(彼らの年齢ではもう脚韻を踏んで詩を書いたりとかさせられていたので、それは無理もないですが。)帰国後は小学1年から4年まで飛ばしていたので、漢字とか全滅で苦労して、でも中学高校大学と英語の成績はめちゃくちゃいいし、会話もオーケー。それに比べて私は中学までは何とかなっても、高校英語は壊滅状態ーなんと言っても8歳までの語彙と文法しかないうえに、それに頼って試験英語の勉強をしないか ら、まあそんなものでしょう。

私が大学一年の秋に再びの父親の海外駐在の話が出たときは、アメリカって別にあこがれるほどの興味もなかったし、英語苦手だなぁっていう意識があったのですが、実際に住んでみたら、あれ?私意外と英語解る?と自分でもびっくり。すっかり忘れていると思い込んでいた幼児期の記憶はちゃんと残っているのですね。後々でいろいろ考えてみると、日本の英語教育の弱点である、”聞くこと”と”発音”の基礎が子どもの時に出来ていたから、その後の”日本の英語”でダメダメっと思っていたけれど、実際の英語圏での生活では問題がなかったわけです。 18歳から丸二年間勉強したスペイン語は丸っきりものにならなかった事実から考えても、やっぱり幼児期の言語の習得能力は全然違うなと実感しました。

そこまで考えていて、なんで自分の子どもは5歳までほっておいたの?とおしかりを受けそうですが、
はい、実はすごーく面倒くさがりな性格です。
今も、いかに私が楽をして日本語を教えるかということを模索中です。

あと、うちのダンナさん、優しい人ではありますが、何たってDINKS生活が長かったため、
子どもが産まれて私が仕事に戻ったあとも、自分の空間/時間を大切にしたい人。
私がまだ赤ちゃんだったムスコくんを日本語で話かけながらお世話をしていると、
すーっと自分の部屋に消えてしまい、”え?何言っているかわからなかったから、手伝う必要ないと思った。”ととぼける人。 それでついつい、”マミーはあれもこれもしなきゃならないから、お風呂はダディーにお願いしようねぇー”とかこれ見よがしに英語で言って家事/育児分担を強制しています。
レベルの低い夫婦の戦い。

バイリンガル教育からは最後は話がそれてしまいました。