昔は電話しかコミュニケーションの道具は無かったような気がします。

 

 

学生時代、奥さんの実家に公衆電話から電話を掛けて、最初に出るお義母さんのハードルを越えて、本人を楽しませるような話だったり、話しているのが楽しいという雰囲気を出して、自分の好意を伝えたり。

 

 

掛ける前には、心はドキドキ、「よし!掛けるぞ!」とテレフォンカードを握って決心したものです。

 

 

時は流れ、公衆電話からポケベル、携帯電話になり、スマートフォンへ。

 

 

SNS、チャット、メール、Messenger、LINEなどを誰かとの通信に使うようになるようになり、どんどん実際電話をして、肉声でコミュニケーションをとる事がちょっとだけ躊躇するようになりました。実際に相手の感情がダイレクトに感じられる電話より、そう言ったコミュニケーションツールの方が気楽に使えると思うと、そっちで良いかなと思うようになり、どんどん電話で通話することが少なくなってしまいました。月の通話料がゼロなんてこともあったかも。

 

 

数年前から仕事のツールが電話でのやり取りがメインになり、面と向かったり、電話での交渉事が多くなりました。最初はけっこうしんどくて、いざ相手にお願いをしたり、クレームをつけたりするのは、女の子に告白をすることに近いような勇気が必要になったりします。相手の弱い部分、悪い部分を指摘するのも、図々しくもこちらの利益を増やすような割引の要求をするのは、相手にも覚悟を決めさせることになり、それを言う自分も心が削れるようなダメージがあります。

 

 

しかしながら、その環境に慣れ、毎日電話で会話をしているおかげで、そのことに躊躇することも無くなり、勇気を振り絞ってかけることは変わりませんが、相手の立場も考えながらお互いを尊重した会話を心掛けるだけで、変に緊張することは無くなりました。

 

 

それだけでなく、一度も顔を合わせたことのない相手が、担当さんを通じて、感謝の気持ちを伝えてくれたり、どんどん電話で出た時の声が明るく楽しそうな声になるのを感じると、少しでもその方の気持ちを明るく出来たのかなと思えました。

 

 

そうやって、人とのコミュニケーションをとる有益なツールとして電話というものを再認識し、文章の中に込められる気持ちより、肉声の中から感じ取れる言葉の意味以上の気持ちというのは本当に多いのだと思わされました。

 

 

ちょっと勇気を出して、自分の赤心をもって、相手と良い関係を作ろうと意識するだけで、相手も、そして、自分も幸せな気持ちになることが出来るのかもしれないなと、今は思います。

 

 

公衆電話から奥さんの実家に電話を掛けていた二十歳の頃、あの頃感じ、発していた感情や勇気というのは、今以上に色濃くて、力強いものだったのかもしれません。

 

 

あの頃の勇気(図々しさ?)を思い出し、誰かを笑顔にできるような会話をしていきたいですね。

 

 

久し振りに、色んな友達に電話でもしてみようかな。