破れた夢の欠片
最近また考えることが増えてきた、過去の夢の話。
おいらは今、別にやりたいと思うわけでもない仕事をしている。
本当にやりたいことは別にあった、だけどそれは叶えるにはお金が足りなすぎた。
最近でもまだ葛藤する、本当にやりたいことはなんなのか、妥協して他に見つけることができるのか。
他に見つけようとしていると必ず、本当にやりたかったことが頭をかすめて、見つけようとすることへの興味がなくなってしまう。
叶えたかった、叶えられなかった夢の欠片がまだ胸に刺さっていておいらの成長をとめてる。
文字にして書いて、脱出とまでいかなくても、今の状況を見つめなおしたい。
流れとか無視で、思いつくまま。
そんな夢の欠片の話。
おいらは子供の頃から勉強が大好きだった。
父親から自分の身を守る方法が勉強しかなかったというのが多分一番の理由だけど、そんなことは無意識下であって、勉強が好きであることには変わりなかった。
好奇心旺盛というか、自分が興味のあるものに対しての欲求は自分でもすごいものがあると思う。
興味のないものへの、無関心さもすごいものがあるが-ω-;
小学生の頃に国語の授業で習った、平安時代の源氏物語や雨月物語に興味を持ち、図書室や図書館を徘徊。
中学生になっても読んでいたのだけど、ある日中学校の図書室の源氏物語が全て貸切になってしまっていた。
読みたい欲求をこらえきれなかったおいらは、その貸し出し中の空箱の源氏物語の隣にあった本を手に取った。
「義経記」
実はおいら、よく知らなかった。
源義経が御伽噺に出てくる牛若丸であることも、源姓なのに源氏物語と無縁であることすらw
勘違いの源繋がりで借りてしまったこの本との出会いが、その後のおいらの生活に変化を与えた。
読んでいくうちにその人物像、朗等たちの忠誠心にどんどん引き込まれ、読み終わる頃には涙でぐしゃぐしゃになってた。
おいら、義経の結末を中学生の頃、知らなかったんだ。
すっかりハマってしまったおいらは、ありえない速度で図書室、図書館の本、資料を漁りまくる。
中学卒業する頃には、義経関係の話で答えられないことがないほど全てのデータが頭に入っていた。
高校三年間も毎日バス通学の間、休憩時間の間、義経の本を片手に持ち、高校卒業する頃には古文の方も読み終わり、読んだことのない本は全て本屋で取り寄せして。
ついには、義経に関連する本で読んだことがない本がなくなるまで読んだ。
義経単体だけではなくて、主従の関係、朗等たちの人生、全てに興味があった。
進路はかなり迷ったけれど、やっぱり歴史学を学べる学科へいこうと決心。
読んでいた本の中で好きな本があって、その作者が教授をしている大学へ。
お金はないのでその大学1校しか受けなかった。 一発必中。
成績は良かったのでもっといい大学受けろと言われたけど、いい大学に行きたいのではなく、やりたい勉強がしたかった。
途中でつまらないことになりたくないから、新聞奨学生をやりたいと母上に言ったら、それだけは世間体があるからやめてくれ、と懇願された。
借金してでもなんとかするから、と毎日言われ、新聞奨学生の資料を取り寄せて担当者もついてもらって、あとは説明会へ行って本申し込みするだけになっていたのを、おいらは取りやめた。
あの時の新聞奨学生の道を選んだおいらは賢かった、そして母上の懇願に屈するべきではなかった。
母上は、父親の名前でお金を借りていた。
おいらが在学中、父親はそれを絶った。
同時に会社を辞め、借金を作り、実家は大学の費用どころではなくなった。
生活費や学費など幼稚園以降、父親には出してもらったことはないが、父親の名前を利用して国にお金を借りることはできたのを母上は利用していたのだ。
おいらたちを不幸にすることに喜びを感じる父親は、喜んでそれを絶つであろうことをなぜその時のおいらは気づかなかったのか。
まだ父への一抹の期待があったのか、よくわからないけど失敗した。
大学を休学し、高収入のやりたくないバイト(あえて伏せる…)をこなし、二十歳で1日17時間働いて生活費と、少しずつ貯金して学費を貯めた。
(わがまま君な3年近く続いた前の前の彼氏とは、このへんの最後の方で別れた)
まだ弟は高校生で、浪費癖のある弟は状況もわからずお金を使いまくるしでなかなか貯まるものも貯まらない。
学者になりたかった。
大学院へ行って、そのあと研究者になりたかった。
だけどそれにはとんでもない金額のお金が必要だった。
妥協して4年間で取れる博物館学芸員の資格で義経に関連する仕事に就きたいと思っていた。
1年間の苦痛の休学生活を経て、ついに復学。
(復学する直前に出会ったのが2年続いた前の彼氏)
奨学金も月10万円もらい、なんとかやっていけそうだと思った矢先、おいらの身体が壊れた。
当然と言えば当然だけど、たくましかったおいらの身体はすっかり弱まってしまっていて、春の終わりにひいた風邪が元で気管支炎を起こし、そこからウイルス感染してしまった。
決して39度など高熱ではないが、熱がずーっと下がらない。
そこから家で寝たきりになる生活が半年以上続く。
諦めきれず退学も休学手続きもせぬまま、1年が過ぎてから、退学した。
理由は、貯まっていたはずの奨学金が、弟が実家から徒歩5分ほどのところで一人暮らしをしたいというわがままのために消えてしまっていた。
母親というのは息子には弱い、絶望した。
(挙句、1年間バイトも何もせずご飯は実家に食べに戻るという生活、1年して実家に戻ってきた)
おいらのいた大学は良心的な大学で、退学するためには担当教授と面談をしてからでないとさせてもらえないというシステムがあった。
皮肉にも、この時来た教授は、おいらが高校生の頃、本を読んで憧れてこの大学を選ぶきっかけになった作者の教授だった。
教授が優しくおいらの今後を気遣って色々話してくださっているのに、おいらは一言でも何か口にしたら涙が溢れてきそうで何も言えなかった。
17時間の労働より、何よりつらかった。
退学手続きをして、大学をあとにする帰り道でいろんなことを思い出した。
熱中した中学生の頃、専門知識をより多く取り入れたいと必死だった高校生の頃。
大学1年生の夏休みに、こつこつ貯めた3万円で鎌倉や岩手県平泉など5泊8日の義経巡りの一人旅をしたこと。
休学中、復学だけを考えて必死で働いたこと。
熱が下がらず床で涙したこと。
家で一人の時、声を殺して泣いた。
後日、無礼のお詫びと、実は大学を選んだきっかけが教授であったことを、その教授にメールしたら郵送で教授の新刊が届いた。
1ページ目をめくったところに、手書きで「新たな道を歩んでも、元気でやってくださいね 謹呈~様」と教授の名前が書かれてあった。
嬉しくて、悲しくて、また声を殺して泣いた。