たばこ恐怖症になった理由
父の生家はかなりの田舎で、いわゆる古い思考の持ち主が多い。
女は学を付ける前に嫁に出せ
これがキーワードだった。
中学に入ってから、おいらの成績が学内トップを競うレベルだということに父親が気づいたのは三年生になった頃。
父親は態度を豹変、勝手に、一家丸ごと田舎に引っ越す計画を立て始める。
おいらから勉強を取り上げ、中卒で嫁に出すために。
あと、自分のホームシックもあったらしい。
正直今の時代、中卒でそのまま嫁に出るなんて考えられない。
勉強さえしていれば母親や教師たちが味方してくれる。
それまでにも父親は、自分が稼いだお金を自分以外が使うことが腹立たしいと考える人で、おいらが中学に入る頃には家にお金を入れなくなった。
そんな衝突の中いきなり、全ての生活を捨てて、田舎に引っ越そう、と言って「ハイ」となるはずがない。
おいらの考えた通り、良い成績を取っていれば教師は母親にそのことを良く伝えてくれる。
母親は優柔不断で父親の言うことに逆らえぬまま生きてきた人だったが、おいらと教師の説得で味方についた。
元々母親は父親の生家の考え方を嫌っていたため、おいらに英才教育を施していたと言っていい。
あなたは大学に行くのよ
幼稚園の頃、そう何度も母に言い聞かされ、それが当たり前の筋書きになっていた。
もっと勉強したい。
唯一自分の存在を確証できるものは勉強しかない。
そんなおいらへの父親の対抗策は、おいらに勉強をさせないことだった。
元ぜんそく持ちという身体的弱点をつかれた。
たばこだ。
幼少の頃、おいらが危険度の高いぜんそく持ちだったにも関わらず平気な顔でたばこの煙で部屋を真っ白にしていた父。
それが原因で恐ろしい咳に見舞われることも多く、煙=恐怖、の図式がそこから立つのは簡単なことだった。
完治した中学時代以降も、煙を吸うとその恐怖心から苛立ち、涙がとまらなくなったり身体が呼吸を拒否し、呼吸困難を起こしたりしていた。
この症状は、中学三年生の頃の対立で一気に悪化する。
おいらが勉強し始めると、父親は隣の部屋でZIPPOライターの蓋をカチカチ鳴らしだす。
金属の蓋の音が延々と響き、そこから連想される煙の恐怖がそれだけで湧き上がってきた。
関係ない母親までヒステリーを起こして叫んだ程、執拗に。
それでも耳をふさいで勉強を続けていると、たばこを吸い始める。
煙をこちらに送ってくるので、ライター音との相乗効果でおいらはその家にいることすらできなくなり、夜中0時を過ぎた時間に家を飛び出すようになった。
勉強道具と100円玉を握り締めて、温かい飲み物を買って、寒いマンションの屋上で勉強。
体の弱いおいらは何度体調を崩したかわからない。
このとき、父親が何度か探しまわりに来て、おいらを見つけて、にやり、と笑ってそのまま帰って行ったのをおいらは忘れない。
金属ライターの蓋の開閉の音、たばこの煙に遭うたび、この時のつらい思い出が蘇ってくる。