彼の死の直後に感じた「憤り」。
交通事故なら。
いっそのこと、殺されたなら。
まだこの憤りや不可解さはなかっただろうに。と。
彼の最後の手紙を見ました。
分かってほしい。という渇望と、
分かってくれない。という絶望も感じました。
医療が彼の治癒に至らなかったのが、
力となれなかったのが、
ワタシには突き刺さりました。
調べてしまったりもしました。
やはり医師との信頼関係が重要とのこと。
その信頼関係が全く築けていなかったのですね。
職業柄なのか、ガイドラインは?エビデンスは?となってみましたが、
精神医学はその個別性と多様性から、
一定のガイドラインの確立が難しい世界だな…と。
そして、韓国と日本の違いも。
韓国のあからさまな格差と競争社会では、
自殺率の高い国であることからも分かるように、
精神医学への一般の理解も低く、
さらに良い先生に巡り会うのは非常に難しいようです。
彼の症状や経過は全く分かりませんが、
助けられる手立てがあったのでは…と思ってしまって。
決して周りが悪いってことではなく、
医療としてもセカンドオピニオンなりあったはず。
そこも「芸能界」が遮ってしまったのかもしれません…。
悲しい出来事が少なくなるように、
医療で少しでも人が癒せるように。
来年は彼の死に向き合い、
また、
自らも振り返ってみる一年にしたいと思っています。
彼は病に殺されてしまった。
二重の生活でさぞ辛い想いをしたことでしょう。
でもごめんなさい。
まだ笑顔で送り出すどころか、
お疲れ様と言ってあげられない。
それが、医療人の端くれのプライドです。
こんなファンが一人くらいいても、きっと彼は分かってくれる…よね。
