簡単に報告のみ。
フランスは、歴史上、教育に力を注が「なければならない」じきが
戦争に関係してあったとの事。
これは、教育に強くなっても納得は出来る。
印象は、
才能を磨く環境があるということ。
才能が開花し始めるように、またし始めたときには、
その人を支援するシステムがあるということ。
し始めた人には、
以前にそのように社会の恩恵を受け、開花させてもらった人が、
その才能を伝えるということ。
日本にあるか?
こんな風に才能を、社会が時間をかけることを許し、濃密に育った才能が、
また次の才能を強化するシステムなんて。
日本とフランスの
単価生産量(一人あたりがどれだけ効率的に、時間対効果で計算)
をしたとき、
日本、これ、多分負けてるよ。
日本式生産システムは、
「人間性の否定」を前提とする。
悲しい。
悲しすぎる。
日本の教育を変えて、
時間対効果を見直す時期だと思う。
そして、
天才が天才として生きていける世の中に変えていかねばならない。
飛び級もそうだし、
天才を教えられるのは、天才(時間をかけて濃密に作り上げた知識が層状になっている人、大量のじかんが必要)
だから、
天才を育てる環境が、、、、、、、
しんどい。
もうやめた。
今日書くことは。
日本の教育は、
あと、長時間かけて濃密に開かせる才能を認めない、
作り上げる気のない教育、地域差、均等でない教育は、、、、、、
駄目だよ。
そんな状態で競争するから、
「人間性の否定」により、
クソみたいな無価値な
サービス世界一とかいうきじゅんが成立するんだよ。
それ、奴隷だろ。。。。。