病み始めている。


この状態で、誰かと何かを話しても、
その誰かは、不思議なことに、
こちらがやんでいることに気が付き、
遠ざける。

反省は反省だ。

こちらが病んでいなければこんなことは起こりはしない、

とは、割り切っているものの、
人とは、やはり、温かくないものなのだな、と、切に思った。


甘えなのだろう。

誰しも、云々といって一般論にするのは、逃げになるので、
私の場合どうしなければならないのか、
それに答えを出さなければならない。

そもそも、
勉強は疲れた。

こう書くのもいいが、
克己心なるものが、
自分のなかでのかぎになっているとは感じている。


自分に打ち勝たなければ、
きっと、
今、私がなめているような、人から見下されるという、
この「辛酸」をずっとなめ続けることになる。


しかし、、、


勇気を持って、自分の道を信じぬく、、、、


それ以外に選択肢は無いのだろう。


どうしても、
闇に惹かれているから、
これも
一因だろう。


しかし、昨日、私はこの闇とよくよく話す機会を持ったら、

闇は、結果、人に迷惑をかけることは、心は痛むが、
それ以上に、
私が、35、40になったときに、
せめてお金は持っておいてもらいたいという、

強い生存への欲望ということがわかり、

お金をもち、自分の欲求に従うのなら、
こちらに生存への道を保証したいという、
俗に言う「悪」の誘いなのだった。


しかし、今日も彼と話をしたが、
仮に、私が「悪」の道に行かざるを得なくなっても、
「正々堂々」悪を行いたいと、
話しをしていた。


そんなもの聞いたこともないけれど、
でも、その点は、彼と歩み寄れる部分だと思う。


貧困についても、考える。


確実に、人間の闇は存在する。
以前よりも、少しだけ、その闇に触れることが出来るようになったから、
どれだけ汚いのか、分かるし、
人間の
耐久力は、永遠というわけでは無いということも分かった。


将来がなくなることで、闇に染まり、
自分を失い、
社会不平等を嘆き、
悪に染まるのだ。


私がそうだから、この心の苦しみは良く分かる。

そして、
このように、つぶれてしまった人、
人よりも劣っている人に対して、
人間がすることは
今、私が舐めている辛酸という事になる。


これを耐えることも出来るし、
我慢しなければ、やはり
自然と「同じ痛み」を
その人に返したいという
気持ちになる。


天使じゃない。
それどころか、私自身、煉獄の口にいる。


もう無理だと思い始めてしまっているが、
もし、万が一、私が復活したら、
どんな
「自分を正当化する理由」をぶら下げて、


うまく甘い汁を吸いに戻ってくるのだろうか、、、、?



闇は切れないし、
私には、やはり、少なく見ても、闇の強い傾向があるから、

その人を
苦しめてやりたい。


でも、それは、しない。

それよりも、
その闇を深く、深く観察する。



どんな気持ちなのか?
どんな優越感に浸っているのか?

どれだけ楽しんでいるのか?

深く、深く、
その闇をえぐる。


闇をコントロールすることはできまい。

自分が闇になってしまうのだとしても、
せめて、この闇の正体は見極めたい。


こう書けば、
心の弱い人は、逃げ出すのだろう。


表面だけにまどわされるから。。。


まあいい。

日本人だけが腐っているという、誤解を大幅に改善し、
自分が腐っているという
ことが分かっただけでも
随分な進歩だ。


今は、
私をして、面白おかしく、馬鹿にしている人たちの
心を、
抉り出すとき。


彼女達は「ごみ」だが、
その心理の動きを見極めることには
大きな価値がある。