#rこんにちは、tenです。
アメブロ投稿、437日目です。
ほんなら、今日は、何の日?

6月12日は、蘇我氏の専横政治に反対する
中大兄皇子(なかのおおえのおうじ=後の
天智天皇)、中臣鎌足(なかとみのかまたり
=後の藤原鎌足)によって、蘇我入鹿が
暗殺された日。蘇我氏の時代の終焉、
藤原氏の時代の到来を示す出来事です。
恋人の日、  アンネ・フランクで有名な、
『アンネの日記』を書き始めた日でも
あります。

『恋人の日』
ブラジルでは、縁結びの聖人
アントニウスが残した、
「聖アントニウスの日」 前日の
6月12日を「恋人の日」
(Dia dos Namorados/ジーアドス
ナモラードス) として、恋人や
家族、友人がお互いに贈り物を
交換する習慣があるため、
全国額縁組合連合会が提唱
しています。

(恋人たち)

『蘇我入鹿暗殺される(乙巳の変)』
皇極天皇4年6月12日、
(645年7月10日) 蘇我氏の
専横政治に異を唱える中大兄皇子、
中臣鎌足は、三韓 (新羅、百済、
高句麗)から進貢(三国の調)の
使者が来日した「三国の調」の
儀式の日を狙い(「三国の調」の
儀式は、蘇我入鹿をおびき寄せる
偽りだったとも)、蘇我入鹿を暗殺。
飛鳥時代のクーデターは、
乙巳の変 (いっしのへん)と呼ばれ、
中大兄皇子は体制を刷新して
大化の改新と呼ばれる改革を
行っています。

蘇我氏の氏寺(法興寺=日本
最古の寺) は、飛鳥寺となって
現存し、

(飛鳥寺)

甘樫丘を背にして蘇我入鹿首塚が
建立されています。
(蘇我入鹿首塚)

『アンネの日記の日』
ユダヤ人の少女 アンネ・フランク
(Annelies Marie Frank)は、
1929年6月12日生まれ。1942年
6月12日、「アンネの日記」が
書き始められました。
日記の最初はこのように記されて
います。

「あなたになら、これまで
誰にも打ち明けられなかった
ことを何もかもお話できそうです。
どうか私のために大きな心の
支えと慰めになってくださいね」

ほんなら、今日は、みんなの
口から、聞かなくなってしまった、
「アンネ・フランク」について、
忘れないように、調べてみました。

アンネ・フランクについて、
アンネ・フランクは、
ホロコーストの犠牲となった100万人以上の
ユダヤ人の子供たちの1人でした。
潜伏している間、アンネは自分の恐怖、希望、
そして経験を綴った日記を付けていました。
フランク一家が拘束された後、秘密のアパートで
見つかったこの日記は、一家の潜伏を助けた
人々の1人である、ミープ・ヒースによって
保管されていました。この日記は戦後、多くの
言語で出版され、世界中の何千校もの中学校や
高校の授業で使用されています。
アンネ・フランクは、ホロコーストの犠牲と
なった子供たちの失われた約束の象徴となった
のです。
アンネは1929年6月12日、
ドイツのフランクフルトで、父オットーと
母エーディトのもとに生まれました。
5歳になるまでアンネは、両親と姉のマルゴットと
共に、フランクフルト郊外のアパートに住んで
いました。1933年にナチスが権力を握った後、
フランク一家はオランダのアムステルダム
に逃亡しました。ドイツ軍は、1940年5月に
アムステルダムを占領し、1942年7月になると
ドイツ軍当局とオランダ人協力者たちは、
ユダヤ人をオランダからドイツ軍占領下の
ポーランドにある絶滅収容所に移送し始めました。

1942年7月の前半、アンネとその家族は他の
ユダヤ人家族と共に潜伏生活に入りました。
彼らは2年間、プリンセンフラハト通り263番地
の個人経営会社の事務所の裏にある秘密の
屋根裏アパートに住んでいました。このアパート
のことを、アンネは日記の中では秘密の隠れ家と
呼んでいました。この間、友人や同僚たちは
自らの命を、大きな危険にさらしてフランク一家
のために食料や衣服を持ち込んでいました。
1944年8月4日、ゲシュタポ(ドイツ秘密警察)は
匿名のオランダ人からの密告を受けてこの隠れ家
を発見し、居住者を拘束しました。
1944年9月、ドイツ軍当局はフランク一家と、
一緒に潜伏していた他4名をアウシュビッツ行きの
列車に乗せました。  まだ若かったアンネと姉の
マルゴットは労働力として選別され、
1944年10月下旬にドイツ北部のベルゲン・ベルゼン
強制収容所に移送されました。2人の姉妹は、
英国軍がこの収容所を解放するわずか数週間前の
1945年3月にチフスのため亡くなりました。
アンネは、15歳でした。


アンネの母は1945年1月初旬にアウシュビッツで
亡くなり、アンネの父オットーはこの戦争を
生き延びました。

アンネのようにホロコーストの犠牲となった
子供の数は150万人と言われ、彼女の体験は
その一つに過ぎませんでした。

忘れないで下さいね。この悲しい出来事を、

アンネが希望した、
区別も差別もない、みんながみんなを
思いやれる、ステキな明日にわたしたちは、
みんなで、出かけたいですね。


ほんなら、今日の、
「アンネ・フランク」簡略
は、(おしまい)です。

それでは、きょうの、お話!
6月12日の、イソップ童話。

『イヌとウサギ』

猟犬がウサギを

捕まえて、

ちょっと噛んでみたり。口のまわりを


舐めてみたりして、


おもちゃにしていました。

ウサギは、


たまりかねて言いました。

「やい。噛むのを

止めるか、キスするのを

止めるか、どっちかにしてくれよ。

お前が敵か

味方か、

はっきり知りたいから」



態度のハッキリしない人は、
人に嫌われますよ!
               (おしまい)

ほんなら、今日は、この辺で、

またしても、なが〜いブログで、
申し訳ありません。
お付き合い頂き、ありがとう
ございます。これからも、
よろしくお願いいたします。
では、こんにちは^ - ^
さようなら、|( ̄3 ̄)
みんなで、ステキな明日に、
出かけましょうね。
ありがとうございます。