「家まで送ってあげてね」

「え?」

「よろしく」

「責任持って送り届けてよぉ〜」

「理佐、うちの大事な末っ子を、その辺に置いて行かないでよ」

「いくら好きだからって同意も無しに手ぇ出しちゃだめだよぉ」

「ちょっと!そんなことしないし!」

私の肩にもたれかかり、むにゃむにゃ言っているこばを、皆から送っていけと命令された。

私がこばのこと好きってばれているから揶揄っているんだろうけど、迷惑かと聞かれれば、ぶっちゃけ言うととてもありがたい。

二次会の途中から、こばの飲むペースが早くなり、終わる頃には可愛い顔を真っ赤にさせグデングデンになっていたのだ。

「こば、もお帰るよ」

「ん〜〜〜?」

私の送別会なのに、主役を除いて皆んな三次会に行ってしまい、酔っ払いのこばを抱えて、取り敢えずタクシーを拾おうとした。
金曜日の夜だからか、中々タクシーがつかまらない。

「おやすみぃ〜〜」

「こば!まだ寝ちゃダメ!」

くたぁっと道路に座り込んで、目を瞑りながらこっくりこっくり頭を揺らしている。

「………もうっ」

人の目があるため、こばを抱き起こして、

「こば、住所言える?」

大体の場所は知っているけど、番地までは覚えておらず、タクシーに乗車できた場合に伝えてもらう必要がある。

「えぇとぉ〜〜、とうきょうと〜えっとぉ~~」

「やっぱいいや、」

最寄駅は分かるため、そこから道路を見ながら案内すればいいかと思い、とりあえず大通りまでこばをおんぶして歩いた。

「りぃ~さぁ〜〜〜」

「耳元で話さないでぇ~。うるさい~」

「ねぇ〜〜〜」

「どうしっ………」

丁度こめかみの辺りに、こばの唇が触れて、まるでキスをされているみたいだった。

「………えっ……」

「ふふ、あかくなってる〜〜。照れてる?ねぇ、照れちゃった?」

「ふざけないの、この酔っ払いめ」

「ふざけてないよぉ〜〜。だって〜〜〜すきだから〜〜〜」

足をピタッととめて、硬直してしまった私は、こばに頬をツンツンされても動けない。

「りささんん、聞いてますかぁ?だいすきっていってるんですよぉ〜?ひゃはは」

「ちょっと……揶揄わないでよ」

「からかってないよぉ〜。ほんとにほんとだよ?」

こばは、私の首を絞めるように抱きつきながら、今度は頬にキスをしてきた。

「いかないで………さみしいよ……、すき……りさ……」

触れられた部分がやたらと熱くて、動悸息切れが尋常じゃない。

酔っ払いの戯言だろうが、こんなに好きだと言われたら、誰だって信じてしまうだろう。

私はこばのことが大好きだし、タイミングを見て伝えたいとは思っていたけれど、同じグループのメンバーでいる期間が長過ぎて、きっかけが掴めなかった。

これは、チャンスと捉えていいのだろうか。

「なら…………………うちに来る?」

ドクン、ドクンと心臓が高鳴り、手に汗握って、こばからの返答を待った。
しかし、中々返事がなかったため振り返ると、こばはクークーと寝てしまっていた。

「それはないでしょ………」

私は脱力しながら、引き続きタクシーをつかまえるべく夜道を歩いた。










下腹部に、鈍い痛みが走り、目を覚ました。
ついでに頭もズキズキと響いて、自分の身体がアルコール臭い。

「おはよう」

「おはよう……………ん?」

私の頬を撫でている感覚が心地いい。

「起きれる?」

「…………」

目の前には綺麗な首筋があり、聞き慣れた声が耳に届いている。

ゆっくりと視線だけ左右に動かしたところ、自分の部屋ではないようだった。

「仕事行けそ?無理そうなら今日は休も」

さっきまで頬を撫でていたと思われる手で、頭を優しく撫でられて、肩がビクッと震える。

一体これは、どういう状況なのだろう。

「あ……り…さ……、ここは……」

「私の家。由依が、来たいって言ったんだよ?」

「ひゃあっ!」

額に唇をつけられて、私は飛び上がるほど驚いてしまった。


その瞬間、自分が何も身につけていないことに気付き、慌てて胸元を手で隠した。

理佐はTシャツを身に着けていたため私もてっきり洋服を着ていると思っていたのに、、何事よ。

「いつから一緒に住む?私はいつでも大丈夫だよ」

さっぱり事情が読めなくて、裸でピッタリと理佐にくっついている理由も分からず、私は益々混乱してしまった。

「まさか、覚えていないなんて事はないよね?」

"はい、その通りです"と答えたら、抹殺されそうな雰囲気を肌で感じる。

理佐には、何年も前から片想いをしてきたから、こうなったのは嬉しいけれど、記憶にないのは痛すぎる。いつの間にか由依呼びになってるし。

理佐と離れるのが寂しくて、つい飲み過ぎてしまった自分が悪いのだが、どう話すべきか、二日酔いの頭では名案が思い浮かばない。

「で、どうする?」

「どうって………」

「明日、仕事帰りに不動産に行く?」

知らぬ間に同棲まで決められていたらしく、冷や汗が出てくる。

ということは、このお腹の奥に感じる違和感は、間違いなく本物だろう。

しちゃったんだ……。

「あのね……怒らないでほしいんだけど……」

「ん?」

将来を決める大事な場面で、やはり嘘を隠し通すわけにはいかないと腹を括った私は、正直に話すことにした。

「私………その、昨夜の……」

「由依の気持ちを聞けて、嬉しかった。7年間、待ち続けてきた甲斐があった」

「へ?」

「欅の時も、櫻坂としての活動が始まった時も、卒業しようか悩んでいた日も、いつも傍には由依がいた……。大切な人から告白されて、一生忘れられない日になった。ありがとう」

ギュッと熱く抱擁されて、感激しているっぽい理佐に対し"覚えていません"なんて、口が裂けても言えない状況に追い込まれている。

「ところで、言いかけたことって何?」

「え…………いや…………とくに……」

「じゃあ、もう一度言ってくれない?」

「は?!」

「私に同棲を決心させた、由依の告白を、もう一度聞かせて欲しい」

助けて。どうしよう。本気で思い出せない。
エッチなことをしたような気もするけれど、夢ではこれまで何度も見てきたから、昨夜のシーンも、実際のものだという認識が薄かった。

私が必死で回想し、何を言ったか捻り出そうとしていたところ、理佐がムクッと起き上がった。

「理佐?……キャッ」

「言えないの?」

私の手首を掴み、顔の横でシーツに固定した理佐は、口角を上げているが、目は全く笑っていない。

この人は、真実を知っている。

「ご………ごめんなさい!言い訳になっちゃうけど、理佐がね、卒業するのがすごく寂しくって、みんなで集まれるのも最後かなって考えたら、飲まずにはいられなくてね。絶対に参加したかったから、仕事も何日も前から無理しちゃってて、疲れがいつもよりひどくって、アルコールの効きが良かったっていうか。で、でもっ、理佐のことは好きだから、こうなったのは、望んでいた展開でもあるし、えと、だから」

「つまり、覚えていないってことだね?」

私を見下ろす冷ややかな視線が、身体にグサグサと突き刺さる。

「………ごめんなさい………。弁解の余地もないんですけど、理佐と、一緒に生活……したいです……。だめ?」

「………」

理佐の凄みが僅かに減って、瞳が瞬いている。
あと少し押せば、何とかなるかもしれない。

「許して。理佐のことが、大好きなの。怒らないで」

理佐の首に腕を回して、自分なりに目一杯反省している素振りを見せて、猫撫で声で謝った。

すると理佐は、真顔でベッドの端に置いてあったスマホを手に取り、操作し始めた。

「もしもし……友香?あぁ…………、そう。予定通り。あ?うるさい。じゃあ、ありがとね」

「今の、ゆっかー??何を話したの?!」

「今日お仕事行かなくて大丈夫になったよ」

「えっ?!そんな、急に」

「昨日のうちに調整しておいたから、問題ないよ。それより、覚悟してね」

 

「へっ、、?」

 

「忘れちゃったことは許してあげる。その分、じっくり昨日のこと思い出させてあげるから。」