この虹をかけてゆく

この虹をかけてゆく

今夜もカノジョの面影を求めて、私は一人、新宿へ繰り出す。

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※ この物語はフィクションです。


※ 年齢などの制限は致しませんが、性描写等も書いていくつもりなので、閲覧はご本人やご家族の判断に委ねます。


※ 無断転用等はご遠慮ください。




『この虹をかけてゆく』


~ プロローグ ~


第一章 さめざめ


  ≪1≫ 冷める

  


  ≪2≫ 覚める


 鏡に映る自分の姿を見て、夢から覚めたような気持ちになった。


 用を足す、身なりを整える、汗や汚れを落とす、そんな必要最低限のためだけに作られたような、一人でも窮屈さを感じるユニット式のバスルームで、私は呆然と立ち尽くしていた。

 バスタブの横には洗面器程度の小さな洗面台があり、その上には洗面台に見合った小さな鏡が備え付けられていた。その、鎖骨から上しか収まらないほどの小さな鏡は、私を現実へと引き戻すには十分すぎる大きさだった。


 この長身のせいで、女性から上目遣いに話しかけられるたびに勘違いしてしまいそうになるが、鏡に映る狭い肩が「お前は男ではない。」と物語っている気がした。

 その事実に満足していると言ったら嘘になるが、今は現実として受け入れるようにしている。年上の女性に憧れて、男に嫉妬していた頃の私とは違うのだから。


 その記憶は、高校時代に遡る。

 当時、弾む心を隠すかのように体を大きく揺らしながら異性と会話しているクラスメイトの女子たちを横目に、どうしても異性に興味を持てなかった私は、疎外感にもよく似た寂しさを感じていた。

 その寂しさの理由を考えないようにするために、高校生だった私は勉強に励んだ。彼女たちの甘さを帯びる甲高い笑い声も、屈託のない笑顔も、同性である私には決して向けてもらえないものだと知っていたから。

 しかし、やはり私も健康だった。勉強を教えてくれていた、四つ年上の当時大学生だった女性に、憧れという言葉では飾りきれない想いを抱えた。その想いは、二年以上という思春期の子供にとっては永遠のように感じられる長い時間をかけて、私の内側でだけ一方的に純愛へと成長したが、実ることはなかった。抱えていた想いが恋心だと気づいたときには、既に彼女との接点がなくなっていたのだ。仕方がない、初めての恋だったのだから・・・そう自分に言い聞かせることで、行き場をなくした想いは私の涙と一緒に体の外へと溢れ出し、空気中に溶けていった。

 きっと、この恋心こそ、私の性の“目覚め”だったに違いない。


 あの頃、理由もわからないまま、自分が生まれもってきた性にコンプレックスを抱えていた。当時を振り返り、それを「若さ」所以だと笑うにはまだ早い気がするので、他の言葉で言い換えてみよう。

 きっと、私も青春を謳歌したかったのだと思う。

 彼女たちの笑顔を、私にも向けてほしかった。私にも、甘い笑い声を聞かせてほしかった。あの小さな手を取り、繋いでみたかった。柔らかそうな体に、触らせてほしかった。

 もし自分が男だったら、女の子のことを決して軽率には扱わない。興味本位で遊んでみたりもしない。ただ誠実に、敬って、大切に大切に優しくするのに。笑ってくれるなら、どんなにくだらないことにも全力を尽くしてみせる。そして、生涯をかけて愛する女性を全身全霊で守っていきたい・・・。

 そんなふうに女性に対してロマンを抱いては、悔しさを噛み締めていた。

 だから、鏡に映るこの薄い体を、私は決して嫌いではない。


 高校を卒業すると、性に対するコンプレックスは不思議と薄れていった。

 その理由は、第一に学生服を着なくてよくなったことだろう。元々の長身と薄い体のおかげで、ボーイッシュな服装をしても違和感がなかったのだ。

 次に、都会の四年制の大学に進学したことだ。都会には服装も考え方も個性的な人が多かったので、私は男でも女でもなく、“個性的な人”の一人として周囲にうまく溶け込めたのだ。

 選んだ学部もよかった。ずっと同性の輪から浮いてしまう原因となっていた男勝りのサバサバとした性格も学力も体力も、女子が極端に少ない経済学部では、男子学生たちに性別の隔てを感じさせずに済み、まるで同性のように受け入れられたのだ。

 そうして男性陣に紛れていると、数少ない女性たちも、私に対して異性と接するかのように可愛らしく接してくれた。その行為は、私を通して男性陣に向けられているとわかっていたが、それでも嬉しかった。


 こうしてコンプレックスに悩まされることは少なくなっても、私は依然として異性に対して性的興味を持てないままでいた。恋愛ができない心の隙間を埋めるかのように、私は勉強と趣味とバイトに明け暮れた。

 そんなある日、都会で生まれ育った好奇心旺盛な同い年の女の子と出会った。彼女は「女の子」と呼ぶに相応しく、甘く柔らかく明るい雰囲気をまとっている女性だった。

 女性から向けられた甘美な好意は、私に人としての自信を与えてくれた。

 そして、初めて女性から向けられた恥じらいを帯びた微笑を見た瞬間、私の中で性に対するコンプレックスが音を立てて崩れていった。

 その音に掻き消されることもなく、彼女の甘く甲高い笑い声は、私の耳から入ってきて体中を駆け巡り脳まで届いた。

 私は恋に落ちたのだと、はっきりと自覚した。

 そして、私は初めて女性の体に触れた。彼女の表情から、漏れる声から、体温から、彼女が感じているのだとわかると、受け入れてもらえた充足感と喜びで全身が震えた。彼女の体に触れるたびに愛おしさが増し、私は彼女に夢中になり、何度も何度も体を重ねた。

 その関係は三年以上も続いたが、私との不毛な関係にヒステリーを起こした彼女から、私が逃げるという形で自然消滅させてしまった。彼女には高校時代から付き合っている男がいると思うと、どうしても私の心が途中からついてこれなくなってしまったのだ。

 彼女も、私も、彼女の彼氏も、みんな不実の絆で結ばれていた。私は開き直ることも他人を責めることも出来ず、ただ自分を責めた。それでも、「誠意」という言葉を翳してみても、私は彼女の甘い誘惑を拒むことが出来なかった。そして、深い闇へと引きずり込まれていった。

 その闇から私を救い上げてくれたのが、恵美だった。その恵美とも、関係を持ってから三年が経つ。普通の男女のように積み上げることも寄り添うことも出来ずに、過ぎてゆく時間の中で体を重ねるだけの不毛な関係をもってから。



 私は小さなバスタブの中に立ち、蛇口をひねった。冷たい水のしぶきにさえ、敏感に反応することが出来ない自分の体を虚しく感じたが、私がシャワーカーテンを引いているうちに、水はお湯に変わっていた。

 蛇口をひねり、心地よい水温に調節する。シャワーを浴びながら、体が解されていくのがわかる。


 もし、同じ気持ちで、同じ情熱で心から抱き合えたなら、この心も解されることがあるのだろうか。



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