日本人なら当たり前かもしれませんが、「自分が行ったことが自分にかえる。」は真実だと本気で思ってきています。
ある人に「母から、足で物を動かす人は手がけが等でどうしても使えず、足を使う人だけだから、手をけがする、と言われてきた。」と聞いた時に、昔だったら迷信ではと受け取っていたけれど、最近は本当なのではと受け取るようになりました。
人に優しくしたら優しさが返ってくる、物を大切にしたら、自分も同じように扱われる。
私はホテルに泊まった時は、ゴミやタオル、寝間着、使用したコップをひとまとめにしてると書きました。これは、ホテルの清掃バイトをした経験から、そうしてもらえるとラッキーな気分になれるからです。後は一流の人はホテルの部屋を綺麗に整えてから出ると聞いたので、一流人になりたいという下心からです(笑)
ある時、何をしたか忘れてしまいましたが、「これここまでしなくていいかな、やりすぎかな。」というホテルの部屋の整える事を2回したことがあります。
1回目は翌日起きたら身体のカサブタがとれていて、シーツが血だらけになっていました。
2回目は翌日洗濯物を乾かすため、部屋の絵の額縁にハンガーを掛けたら(ええ、普通はかけない、一流人はかけない、すみません。)、額縁が片方に傾き、戻せなくなりました。
結果、ホテルの方に余計に手間を取らせることになったのです。
普通、良いことをしたら良いことが返ってくると思いますが、良いことだけどし過ぎてもだめなんだと思いました。
仏教ではどの人も物も自然も全て同じ物でできていると考えられています。科学の分野では素粒子を用いて同じ事が言われています。
その考え方で言うと、心から善意で行っている時は関わる人もいい物が受け取れるけれど、それが自分に負担になると、関わっている人にも負担の要素を受け取る事になるのかなと思いました。例えばプールの水に黄色の絵の具をたらすと、近くの水も黄色になります。はじめに黄色の絵の具を垂らした所に青色を少し混ぜると、そこばかりか周りも緑になります。絵の具を垂らした所が自分、その周りが関わる人です。自分も関わる人も同じ水です。
よく言われる、返ってくるのにすぐの時もあれば数日後、数年後、もしくは来世かもしれません。
今は更新されていませんが、ブログ「幻の桜」では支配者層は自分に返ってくる負の要素を他の人につけかえることをしているから不幸な事が起こらないと言われています。これもあながち嘘ではないのではと思っています。
また、自分でなく親子親類関係に返ってくることもあると思います。昔読んだ記事で、家系に積もり積もった負の要素をチャラにするため、器のある、負を引受られる子孫が重い病気になるというのがありました。こういう話をすると、霊感商法で使われそうですが。
私の母は昔からスーパーで一番期限の新しい物を選んでかごにいれていました。それは家族に新鮮な物を食べさせてあげたいという気持ちからだと思います。
それが原因か私は年下の方が上司になることが多いです。今のご時世、年功序列が崩れてきていますが、他の人よりその割合が高い気がします。私自身、年齢に興味がなく、その人の経験で見ているので構わないですが、こじつけかもしれませんがそんな考え方もできます。
いろいろ考えすぎるとこじつけになるし、いいものが返ってくるからと行動するのでなく、与えたい、それをしたいという気持ちで行うのがいいと思ってます。与える時は返ってこなくても与えたいから与える気持ちです。与えなくてもしたいからでもいいと思います。バシャールの「ワクワクしていることをしていると、自分がほしい物が手に入る。」の考え方です。
最近「ギバー(与える人)、テイカー(奪う人)」という言葉が出回っています。成功者はギバー(与える人)だと言われています。見返りを求めず与え続けているから、自分に返ってくるのでしょうか。
あなたの周りでも、自分が行ったことが返ってきていないか見つけてみてください。
また今の社会の良い所、悪い所はいつの時代のどの行動が原因か考えると面白いです。