僕のブログは昨年9月に開設して以来、ずっとアクセス数が低迷していたのですが、3月20日に急に跳ね上がりました。どうしたことかと、不思議に思っていたところ、フォローして下さっている方が寄せたコメントから、愛子様が卒論のテーマに式子内親王を選ばれたことを知り、ようやく納得しました。そのおかげで、僕の拙いブログも多少読者が増えることになり、愛子様には深く感謝しております。なによりも、式子内親王という、極めてすぐれた皇女歌人に一般の人々の関心が向いたことが嬉しくてなりません。

 先週、葵祭見物に京都に行ったとき、のぞみに乗車している間、「式子内親王」をグーグル検索してみました。検索結果の上位にウィキペディアの記事のほかは、式子がどれほど優れた歌人(『新古今和歌集』に49首入集、慈円、藤原良経、藤原俊成に次ぎ、あの定家(46首)よりも多い)であり、どのような歌を詠んだのかもあまり分かりません。 式子内親王の名をお知りになっている方はたいだい、百人一首中の名歌「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶる事の弱りもぞする」を通じてだと思われますが、その他の和歌は言われたら、あまり出てこないのではないでしょうか。それから、内親王が不遇で悲運な生涯を送ったことを御存じの方も少ないのではないでしょうか。

 ネット検索でも、何冊か、式子に関する著書ー評伝、伝記、名著とされるもの、和歌集などーがヒットしましたが、関心を抱いた人が、まずどれから読んでいけばいいのか、迷うのではないと思いました。これはあくまでも僕の考えですが、まずは、内親王が生きた、末法の世と化し、混沌とした時代背景を知り、生涯を辿るのがよいのでは、と考えています。内親王の優れた和歌に接するのは、その後にした方が、より和歌の真価を味わえるのではないでしょうか。

 ところが、式子内親王の優れた伝記は、私見では残念ながら、まだ出ておりません。式子内親王について、詳しくお知りになりたい方には、奥野陽子氏が著した、最新(?)の評伝『式子内親王 たえだえかかる雪の玉水』(ミネルヴァ書房 2018)があります。しかし、僕は同著者の『式子内親王集全釈』(風間書房 平成13年)に大変お世話になり、その詳細を極めた語釈や補説、鋭い解釈に多大なる恩恵を感じているので、言いにくいのですが、一般読者向けの本としては読みづらいと感じています。限られた伝記的事実を正確に述べるのは専門家として当然ですが、一般読者にはかえって不親切になっている場合が多々あります。細部にこだわるあまり、大事な趣旨がうまく伝わらない、という印象です(もっとも、僕の読解力が不足しているせいかもしれませんが)。それから、伝記的内容と3つの百首歌の読解と評価などが交互に記される構成になっていて、著者の趣意がよくつかめないきらいがあります。式子がどのような人柄の女性であり歌人であったのか、和歌から、どのようなことが読み取れて、強く感じられるか、がよく伝わってこないのです。端的にいえば、学者の書く論文に近い文章で、一般読者に向けて、分かりやすく書くという配慮に欠けているということです(奥野先生、お世話になりながら手厳しいことを述べてしまい、御免なさい)。

 

式子内親王 ミネルヴァ に対する画像結果

 

 式子内親王の全体像を理解できるものとして、筆者が特に好ましいと思うのは、田渕句美子著『異端の皇女と女房歌人 式子内親王たちの新古今集』(角川選書 平成26年)です。この著書の一番の推しは、書名からもうかがえるように、式子内親王がいかに和歌への情熱を燃やしたか、以前の皇女の誰一人として、専門歌人が詠む百首歌をつくったことはないし、勅撰和歌集に入集する歌を詠んでいないことをしっかりと指摘し、式子が皇女として稀有な存在だとしている点です。また、式子が、慣例、先例に縛られず、自己の価値観と意志を貫く、強烈な個性をもった女性だと強調している点も見逃せません。このことは、単に行動面だけでなく、和歌においても、歌語を常套的に用いることを避けたり、先例のない独自表現を晩年に至るまで模索する姿勢を崩さなかった点につながっています。式子の秀歌に味わう前に、この二点は是非とも留意してほしいと思います。このほか、当時、女房歌人が活躍した文化的背景、百首歌での、体験詠ではなく題詠という当時の和歌のあり方にも目配りをしており、明快に解説するなど、全体的にバランスが取れ、過不足がなく要領を得た著で、ぜひ一読をお勧めいたします。一言補足すると、この書には、詠歌に身を削り、血を吐くほど刻苦して、夭折した(18歳位)宮内卿(念のため、女性です)、逆に長命で、妖艶な恋歌を詠んだ俊成卿女(藤原俊成の孫娘)もとりあげられています。新古今時代前後は、和歌でも女性が活躍したことが良く描かれています。

 

異端の皇女 に対する画像結果

本当は、もう何冊かご紹介したかったのですが、今回はこれくらいにして、次回に回します。