明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 今日は、前回の続きで、歌を読む予定でしたが、風邪をひいてしまい、鼻水がとまりませんので、今日から始まるNHK大河ドラマ「光る君へ」と正月に読んだ『痛快!寂聴 源氏塾』(2004 集英社インターナショナル)についてふれたいと思います。

「光る君へ」の紫式部(このドラマでは「まひろ」)役、吉高由美子は、多面的な役を演じられる、好きな女優さんなので、どんな紫式部像を見せるのか楽しみです。紫式部は、いまだに生没年も分からず、晩年をどう過ごしたのかも明らかでなく、ミステリアスな、謎の多い女性です。『源氏物語』には、あまり一般的には語られませんが、漢籍の素養をうかがわせる箇所があちこちちりばめられています。当時の一条天皇が漢学を好んでいたことからも、読者でもあった天皇を悦ばせるため、意識して漢詩や中国故事を作品中に散りばめたようです(前にも述べましたが、このことは山本淳子さんの著書より知りました)。

 読売新聞の番組紹介コラム「試写室」で、式部の父を貧しい下級貴族としていましたが、どうも、この述べ方は、誤解を招きやすいと、引っ掛かりました。この父である為時の祖父は、藤原北家の中納言・藤原兼輔で、三十六歌仙の一人でもあり、紀貫之や凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)など『古今和歌集』の歌人たちがその邸宅に集ったと言われる名門貴族でありました。『百人一首』にも、子の歌人の和歌が採られています。

 みかの原わきて流るゝ泉川いつ見きとてか恋しかるらん

ちなみに僕もこの歌の声調が気に入っていました。

でも、兼輔の最も知られた和歌は、『後撰集』に収められた

人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな

です。この和歌御存じの方多いのではないでしょうか。

ちょっと紫式部とはそれてしまいましたが、式部もこの曾祖父を敬愛し、自分の家柄を誇りに思っていたはずです。父の為時は、確かに官位には恵まれませんでしたが、漢詩人として大いに評価された、立派な漢学者でした。式部に漢籍の素養があったのも、」この父のおかげでした。大河ドラマはどのように描かれても自由かもしれませんが、この点は『源氏物語』とも関わるので、こだわりました。

 なお紫式部がどのような心の持ち主で、どのような思いを抱いたのか、どのような女性であったのか、お知りになりたい方には、山本淳子著『紫式部ひとり語り』(角川ソフィア文庫)をお勧めします。タイトル通り、一人称での独白体の評伝(著者は「心の伝記」を目指した、と述べています)です。学者らしからぬ、精彩があり、式部が身近な存在に感じられる書です。

またちょっと、長くなってしまいました。このお正月休みに読んだ『痛快!寂聴 源氏塾』、一気に読ませ、『源氏物語』がどういった物語なのか、お知りになりたい方(特に女性)にはイチ押しのムック本(興味深い、美しい写真も数多く載せられていますが、残念ながらカラーではありません)です。

 著者は令和3年に99歳で亡くなった瀬戸内寂聴です。二度の不倫(最初の時は、夫の教え子と恋に落ち、長女を家に置いて出ていきました)を経て、51歳で出家するという、波乱に満ちた人生を送りました。出家後、寂聴さんが訳した『源氏物語』はベストセラーになりました。先日、たまたま図書館で、このムック本を目にして、寂聴さんが『源氏物語』をどのように読み解いているのか、興味津々となり、この正月、一気に読み通しました。基本的には、女性の側、視点から、光源氏の恋物語を追っています。或る時は、光源氏の美点を賞揚しますが、容赦なく、恋の振舞いをこき下ろしたりもします。素晴らしいと思ったのは、さまざまな女君の心持に寄り添い、解釈していることです。普通、六条御息所は、生霊となって夕顔を死に追いやるほど恐ろしい女君とされていますが、寂聴さんは、物語中で一番好きな女君とさえ言っています。知性も教養も、それにプライドも人一倍あるがゆえに、生霊と化すのだと書いています。御息所の哀れさは現代のインテリ女性にとっても他人事ではないのだと述べ、『源氏物語』の現代的価値を説いています。

 また、男にとっては、頭では理解できても、心ではやはり分からない、紫の上の哀しみもよく伝わってきました。明石の君の出産の知らせに、ショックをうけ、さらにはその姫君を養育するようにしたことは、源氏との間に子のできない紫の上にとって、どんなにつらいことか、丁寧に読み解いていきます。とどめを指すのは、女三の宮が源氏に降嫁することで、本妻の紫の上にとっては、いかに屈辱的な意味をもつのか、わかりやすく説いています。その後、紫の上は出家願望を源氏に再三訴え、退けられたときには、賢明な紫の上の心も折れてしまったのでした。 文が乱れてきましたが、要は、紫の上の女としての、さらには北の方としての尽きることのない苦悩を事細かに追っているのです。

まとわりがなくなってしまいましたが、この本の良さが伝わりましたか。『源氏物語』は長大な物語なので、なかなか全巻を読み通すのはむずかしいと思います。この書をガイドとして、気に入った女君が登場する箇所や、読んで見たくなった帖(巻)からでも読んで行くのも、良いのではないでしょうか。ともかく、大河ドラマ「光る君へ」も始まったのを機会にに、この平安朝の物語に少しでも接していただけたら、と願います。僕も今年は、この物語世界に浸りたいと存じます。