こんにちは
遠藤みさ子です
鬼滅の刃の映画
家族で観に行ってきました〜
九八さんとのご縁
ゆみさんとのご縁
九八塾の皆さんとのご縁
『妙法』との
極めて稀なご縁
本当に感謝しかありません
九八さんのブログより
『過去の説明は要りません。
即今の「事実・実相」には、如何なる説明も付いてない訳です。』
即今の「事実・実相」には、如何なる説明も付いてない訳です。』
九八さんありがとうございます!
本当に説明は要りませんね
ある人のFacebookの投稿
『子供が学校に行かない選択をして
何年も経ち、今はスポーツに打ち込み
自分らしく生きています』
みたいな文と
スポーツをしている子供の写真
その投稿を見て
そのお母さん、
お子さんが学校に行かない事を
何年も掴んだまま、、、
終わらせていないんだなぁと
ふっと、伝わってきました
学校に行かない選択をし、
自分らしく生きている
と、言い聞かせて
お子さんをそのまま見ていないなぁと
ただ
子供がスポーツを頑張っている投稿で
終われないんですね
説明を付けたいんです
お子さんは
学校に行かない事実があるだけで
何も決めてないし
自分らしくとも思ってないでしょう
今、聞いてみたら
学校行こうかなって言うかもしれないし
事実はその様子のみ
お子さんには何も付いてないんですよ
自分自身で結果に対して
ずっと説明を付ける
納得出来ない思いを掴み
終わらせていない
説明すればするほど根っこが
あからさまになっているのですが、、、
それを子供が
自分の選択とか
生まれてきた使命とか
自分らしい人生とか
付けるから
またややこしくて
何とも言えない気持ちになりました
説明する事に良い、悪いとかじゃなくて
例えば5歳の次女も
『お兄ちゃんにさっきぶたれた!』
と説明を言ってきますが
その時だけで
終わってしまうんですよ
いつまでも
『お兄ちゃんにいつもぶたれている私ですが
それが私の使命である』
なんてならないんですよ
それを私も娘に
使命とか
選択したとか
付けないしね
滅しているんですよ
常に
生滅、生滅、生滅、、、
留まっていないし
実態もない
思いや出来事を
都合よく理解し
あーだ、こーだの説明を
いつまでもやっているだけですよ
終わらせていないんですよ
目前の様子と関係のない
思いを付けているだけですよ
まっさらで応援していれば
学校に行っているとか行っていないとか
まったく、関係ないですよ
私もそうでした
息子の保育園の事を掴んでいたので
いつまでも
『この子は保育園を辞めさせられたんです』
と長男を紹介する時に話していたような
それを盾に
可哀想な子とか
苦労したお母さんとか
誰かに、世間に
分かって欲しかったんでしょうね
先日九八さんのブログにメッセージを
入れた時の返信に
『なんで悩んでいたんでしょうね(笑)』
のメッセージを読んで
、、、あれ?
本当になんで悩んでいたか
、、、まったく思い出せなくて
ただただ、何もない
穏やかさしかなかったので
なんか、実感したのか
ぶあっと
涙が溢れてきました
滅しているんですよ
綺麗に
事実は、静寂、無我
考え、執着、自我感の
夢から覚めて欲しいなぁと
無限列車にかけて
苦しみの根っこは
方法やメゾットでは解決なりません
本当、夢から覚める事です!
事実が証明していると
日常で気づく事です!
そのための『妙法』のお話し
どうぞ触れて下さいませ
読んで頂きありがとうございます。
ありがとうございました
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