いま学校の授業が少し変わりつつある。
ちなりぃの参観日。私のハートがズキューン!!と撃ち抜かれた。
①まず算数の問題をノートに書く
②雲をモクモク描く
③雲の中に好きなことを書く(式や答えを書く子もいれば、思ってることや呟きや問題に対しての問題を書く子もいた)書いた後は、特にその中の内容にふれない。評価もしない。ただ、書けたねーってさくっと。
④式を考えよう!ってアイディアを募る…そして「どう思う?」ってディスカッションをワイワイ(正誤じゃなくて、どう思うかに焦点をあててる)
⑤答えのアイディアを募る…そしてディスカッション
⑥出た答えに対して、どう思うか感想を募る。なんかとても盛り上がる。
私たちはつい、問題が起こると答えを出したくなっちゃう。しかも速く正確に沢山解決することが美徳やステータスや当たり前の行為になってる。そして評価や勝ち負けがついてくる。
そうやって何年も教育の中で染み付いちゃってるから。
けど人生って答えを出すことにだけ意味があるとは限らない。
勝ち負けでもない。
この授業は問題を正しく解くってところに全くフォーカスをしてなかった。[どう思うか、どんな発想があるか、人の話を聞きあいながら議論しあうって学び]
嬉しくて嬉しくて担任の先生に拍手喝采ってお手紙書いた。
もう完全にラブレター(笑)
すると返事にこうあった。
「この小学校の先生はみんなこの授業ができます。私もこの授業を体験して感動して、この方法を採用しました。」
学校も教育も教師も捨てたもんじゃない。
きっと私はいつの間にか勝手に学校や教育や教師に対して、疑念や不信や絶望を少し?感じてた。信じて委ねるって想いが欠けてた。心のどこかでコノヤローって想ってたんだって気がついた。
沢山の枠がある中で自由を創造する愛深い先生がいっぱい存在するんだ。
私も昔、焼き芋しながら夜空で授業とか教科書全く使わないファンキーな授業いっぱいしてもらったなぁ
日本でもこんな授業があるんだー!
感謝と感動!!
ちなりぃあんまり学校行かないけど、ご縁にはスーパー恵まれてる。
(写真は、足の裏を撮してーのキーック!!)
ズキューーーン!!

