紀元前466年に鳥海山が噴火によって、山体崩壊、流れ山が日本海に流れ込み、浅い海と多くの小さな島々ができあがった。
やがて堆積作用の結果、浅海は砂丘によって仕切られて潟湖ができた。そして小さな島々には松が生い茂り、風光明媚な象潟の地形が出来上がったようです
江戸時代までは、九十九島・八十八潟が景勝地となり、「東の松島西の象潟」と呼ばれていました
芭蕉は、こんな句を残しております
松島は笑ふが如く
象潟は憾(うら)むが如
と詠まれた。
しかし1804年の象潟地震で海底が隆起し、陸地化した。その後、干拓事業による水田開発の波に飲まれ、歴史的な景勝地は消されようとしていたが、当時の蚶満寺の住職の呼びかけによって保存運動が高まり、今日に見られる景勝地の姿となりました
陸地からは、あまりよくわかりませんでしたが、ここからの景色は、やはり、島が浮かび上がってます。
夕陽が田園に陽を差した風景は、きっと圧巻でしょうね
どうぞ、見に来てたんせ






