上野東照宮
元和二年(1616年)二月駿河城に徳川家康を見舞いに赴いた、藤堂高虎、天海大僧正が
危篤の家康鋼の病床で末永く鎮魂出きる場所を造って奉ってほしいとの遺言をうけ
高虎の屋敷領地であった上野の山に、寛永四年(1617年)本営を造宮したのですが
三代将軍家光がこの寺院に満足出来ず、金色殿を造形したそうです
上野東照宮には、家康、八代吉宗、十五代慶喜が奉られております
ほとんどが社殿の建築の年(1651年)に諸大名より奉納されたもので
参道両脇に整然と並んでいる石灯籠は武士が神君をお守りしているようだと称えられています。
まさしく、武士はたまた兵士が整列しているかのようです
1632年に佐久間勝之より奉納された石灯籠は高さ6.8mとあまりにも大きいので「お化け灯籠」と呼ばれて
おり、名古屋の熱田神宮の石灯籠、京都南禅寺の大石灯籠と合わせて日本三大石灯籠のひとつです
現在は、こんな状態ではありましたが、しっかり参拝致しました
社殿のすぐそばには
銅燈籠
東照宮社殿唐門前と参道に、五十基の銅燈籠が並んでいる燈籠は神事・法会を執行するとき浄火を目的に建てられたもので
照明器具として用いない。浄火は神事・仏事に使用する清めた火
灯篭の火袋は、八角・六角・四角などの形式に分かれ、各面には火口・円窓という窓を設けている。これらの銅燈籠は、諸国大名が東照大権現霊前に奉納した物です
この燈籠1つ1つゆっくり観察して、歴史の勉強をしたいと思う私でした






