京都駅から、バスで島原へ


京都「島原」は、足利義満の時代に作られ、豊臣秀吉が公認した日本で最初の「廓」です


江戸時代以来公許の花街歌舞音曲を伴う遊宴の町で正式名称は「西新屋敷」。あわただしい移転騒動が九州の島原の乱を彷彿させるので「島原」と呼ばれるようになったとされてます



   miiyの徒然なるままに
今でも、まだ残っている置屋


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輪違屋(わちがいや)

輪違屋の創業は、約300年前、島原全盛時代で、太夫や芸妓を置いた「置屋」現在は、日本最古の「廓」島原に残った唯一の「お茶屋」で「置屋兼揚屋」を営んでますが、建物は置屋建築です。京都市の有形文化財の指定を受け、現在も営業をしているので、入口には「観覧謝絶」の札がありました


miiyの徒然なるままに


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この光景は、時代劇そのものでした。私は、島原を後にして、走る人大宮道を北上しました


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