布海苔
15歳でした
気が強くて、 気難しい気質の女の子
ここ3〜4年は
糖尿病 膵炎 クッシング症…
重なる病魔との闘いでした
毎日、朝晩のインスリン注射
皮下輸液
投薬
大好きなご飯を制限されて
ふのりにとっては、毎日が苦痛だったね
もう危ない、となってから何度となく
もち直して
今年も3月半ば
今度こそ覚悟しよう
みんなが思ってた
でも、ふのりは強かった
よたよた クッシング症で傷めた包帯まみれの足を
引きずって水を飲みに歩いたし、おしっこもうんちも
トイレまで向ったね
カリカリを噛む力が無くなって
ふやかしてペーストした御飯をシリンジで食べさせ
ようやくインスリンが打てるまでになった
5月3日の朝までの
1か月半
ふのりは諦めなかった
シリンジでしか
大好きなご飯もお水も飲めなくて
それでもなんとか
なんとか…
最後のほうは
ほとんど寝たきり
唇に膿が溜まって
絞り出してやった時も
もう嫌がる気力はなかった
みんな泣いていた
ほんとうに今度こそ。
一昨日、3日の朝、
ふのりは横たわって嘔吐
極度の脱水症で
目は閉じれず
手足をバタつかせ
呼びかけにも反応はなく…
私は9時出勤のため
涙ながら後ろ髪をひかれる思いで家を出た
私が帰って来るまで、生きていて…っ
それは
穏やかだった
晴天に
お腹を天に向け寝そべる猫の形をした
それはそれは大きな雲
16時、家路を急ぐ車のフロントから一面にそよぐ
ふのりの形をした雲
まるで私に向かって
もう大丈夫!
って現してくれているかのよう
そっか
もう
苦しくないんだ
痛くないんだ
ふのりは
段ボールの中で
固くなっていた
妹と母が看取った
14時5分だったそうだ
一晩ふのりと過ごし、
翌日, 火葬を行った
昨日の話
母と妹と私は
最期の最期に
骨と皮になった痩せっぽっちのふのりを抱っこして
お別れをした
火葬が始まり
40分ほどで
ふのりは骨になった
あっという間だった
昨日の朝はまだ生きていたふのり
涙で、拾うお骨を何度も落としてしまった
お骨の中に
うんちが何個も残っていた
それは、もう出し切る力も無く
留まっていた物
スッキリしたね ふのり
私たちは
お骨を残さず拾い
帰宅した
ふのり お家だよ
たくさんたくさん
泣いても泣いても溢れた涙は
今はもう出てこない
いつか
ふのりが待っている
虹の橋のふもとで。
みんなで暮らせるって信じてるから
私たちは
泣かないと決めました
酢味噌・水雲という愛猫がまだ居ます
ふたりは
布海苔が旅立った事を知ってか知らずか
普段通り
いつも通りご飯を食べて、仕事をして
ふのりがまだ側にいるかのようです
ほんとうはみんな
寂しくて辛いけど
ふのり
ありがとう
大好きなご飯、お水
いっぱい食べて飲んで良いからね
大好きだよ
これからもずっと

