今話題のアレです。当方野球には詳しくなく余り興味もないのですが、相方から教えられてなんだそりゃ、と思ったので・・・

ドラフトってそういうものだと認識していたのですが
「日ハムが強奪」「空気読めない日ハム」ってすげぇ違和感。

選手自身が行きたい球団に入れないってのは変だなぁーとは思うけど、実際それやっちゃうと資金力があり人気、実力のある選手が多い球団に皆行っちゃって、プロ野球自体面白くなくなるだろうし。長年そういう仕組みでやってきたんならそれに従うのがルールってもんじゃないのかね?

圧力かけて、金に物を言わせて良い選手掻き集めても勝てない球団・・・なんか哀れですね
いいちこがいい感じで回ってきました。現在午前4時。あと5時間で授業が始まるけど知ったこっちゃあねぇ

今回はRPGですよ。人生初のRPGはドラクエ。これまたベタベタっすな。多分記憶が正しければ母親の職場の同僚の息子さんが所持していたソフトを母親が借りてきたはず。母親はゲームに対して否定的だったのに何でそこまでの計らいをしてくれたのか・・・今となっては謎。しかもⅠ Ⅱ Ⅲのソフト+攻略本のセット。至れり尽せり過ぎるけど当時は価値なんて全く分かっちゃいなかった。この階段がどこの階段に繋がっているか、等攻略本直にメモ書きしてあったのは妙に覚えているというw

Ⅰは話しかける きた みなみ ひがし にし みなみが当時小学校低学年の自分には意味が分からず速攻で投げたと思う。SFCでリメイクされて初めてまともにプレイしたかなあ

Ⅱははまった。今考えてみるととんでもねぇゲームバランスだけれどもとにかく楽しかった。ムーンブルクの王女が揃って3人専用のフィールド曲になって感動したり船を手に入れて海の曲に感動したりロンダルキアの洞窟を抜けてロンダルキア台地に出て感動したり・・・小さい頃って感受性豊かだから今考えるとどうでもいい事に滅茶苦茶感動しました。サマルトリアの王子はアーサー ムーンブルクの王女はプリン だったかな?なんだよプリンって?w って子供ながらに納得しなかった覚えがwくびかりぞくやバブーン、ブリザード等凶悪なモンスター多彩。だからこそ達成感もあるのかな。結局クリアは友人に教えてもらったゆうていみやおう(ryのふっかつのじゅもんでした覚えが。はやぶさのけん+はかいのつるぎのバグでクリアしたかな。そういやふっかつのじゅもんは書き方の授業テキストの問題で凄いパスワードがあるって当時の友達が得意げに言ってたけど今思うとあれなんだったんだろう・・・試しても当然どれ一つ認識されなかったw数あるドラクエの中でも一番プレイ時間が長いと思う。エンディングの曲がダイの大冒険の曲にアレンジして使われてるって知った時は感慨深いものでした。(気付いたのはニコニコ動画のスタインウェイの人の動画を見た大分後ですけど。)

Ⅲもハマった。曲がとにかくカッコイイ。未だにアレンジして演奏した動画を良く見る。すぎやまこういちさんほんとすげぇ。それなりに知恵が付いてきた時期にプレイしたので特に苦労した覚えがない。ルビスの塔の回転床が全くもって理解出来なくて友達に聞いたくらいかな。ゾーマにひかりのたまを使った後にベホマで攻撃するのが斬新だったなぁ。


あくまで自分用のメモなんで好き勝手にやっちまえといいちこでいい感じになった脳みそが
「これ面白いんじゃね?」と考えついた企画。

オレのゲーム史を辿ってみようというね。
30近いオッサンが未だにゲームにこんなに熱中してるとは・・・まぁ予想はついてたけど。

という訳で第一弾
最初にプレイしたゲームは

FCのスーパーマリオブザラーズ ベタやな~
世界でも通じる偉大なるゲーム。最近(?)だと織田信成さんがこの曲でパフォーマンスされてましたね。
海外で競技されてる動画を見ましたがめっちゃウケてましたw 流石マリオ、知名度パネェっす。

記憶が朧げだけれども小学校2年位の時に父親にひたすらねだって買ってもらった。
ある日突然父親が 「買ってきたぞ~」 と本体とソフトセットで買ってきてくれた。
あの興奮と感動はもう味わえないんだろうな、と思う位嬉しかった。

当時は友達付き合い上でもファミコン持ってるか持って無いかでえらい違いでしたからねぇ(約23年前)
ファミコン持ってるやつは今でいう リア充 みたいな扱いされてたような。