■あらすじ
夢破れた青年“友”は、新しい気象観測員として南極海の果ての無人島へとやってくる。そこに暮らすのは、彼と変わり者の灯台守グルナーの二人だけかと思っていた。ところが夜が更け始めると、その島には大群の”人ではない生き物”たちが押し寄せてくる。灯台を要塞とした、二人VSクリーチャーたちの戦いが始まる。(メーカーサイトより)
■ネタバレ
*怪物と戦う者は怪物にならぬよう心せよ、深淵を覗けば深淵も覗き返す(ニーチェ)
*1914年9月、出航から67日目。青年は目的地の島に到着する。黒い岩ばかりが目立つ不毛の島で、鳥さえも居らず出迎えもない。彼はこの島で1年間、気象観測員として過ごす事になる。通常はこの島に船が立ち寄る事はないが、新任者を送り届け前任者を迎えるために、今日だけは輸送船が航路を変更したのだ。
*観測員が居住する小屋の中は荒れ放題で、家具には埃が積もっている。前任者の姿もなく、青年を運んだ船長は「ここではあんたの安全を確保出来ない」と言うが、観測員は「ここで大丈夫」と船員達に荷物を運び込ませる。窓からは、少し離れた場所に灯台が見える。
*船長の同行で灯台へ向かう青年。道中に水場があり、傍の岩には[グルナーの泉]と刻まれている。水場を過ぎて近付いてみると、石造りの灯台は無数の棘だらけだ。鋭利に尖らせた杭が、石材の隙間に突き刺され或いは窓に固定されている。異様な光景を不審に思いながら外から声を掛けるが、反応はない。
*扉を押し開いて中に入ると、螺旋階段の先のベッドで灯台守が眠っている。髭面の粗野な男。船長が観測員の前任者アルドールの行方を尋ねると、灯台守は「チフスで」と言う。船長が驚いて「死んだのか?遺体はどうした?」と訊くと「ある日出掛けたきりだ」との返事。「こんな小さな島なら居場所が分かるだろう。島からは出られない」「海かもな」
*灯台守の名はグルナー。フレイザーの本が置かれていて、青年が「好きなのか?」と訊くが「俺の本じゃない」と言う。友好的とは言えないグルナーの態度を船長は心配するが、青年は帰る気はない。船長はせめてと拳銃を差し出す。「持ってろ。頑固と愚かさは違うぞ」
*観測員の仕事は単調で、重要でもない。風向きと風速を記録するだけだ。乗船時に持ち込んだ新聞記事はオーストリアの皇位継承者殺害事件を伝えているが、今日から12ヶ月は文明社会から離れて孤独に過ごす。夜まで掛かって荒れた小屋を片付け、必要な機器を整える。小屋には前任者アルドールの手帳が残されている。細かい文字での記述や魚介類等の絵。業務には必要のない内容で、個人的に書き残したものだろう。花嫁姿の女性の写真も挿まっている。裏面には『我が妻1908年』との記載に[愛を/Love]と3回書き添えられている。
*日誌を読み進めると、序盤は緻密且つ穏やかな様子だったものが次第に変化していく。『ダーウィンは間違っていた』と言う書き込み、暗い色彩で描かれた両生類の姿。巨大な蛙がヒトを喰らい或いはヒトと交わっている絵。暗闇に浮かぶ灯台は光を放っておらず、地上の闇には2人の人影が浮かぶ。絵の意味するところは分からない。今は灯台の光が小屋の中も照らしている。寛いで暖炉の前で寝入る観測員。
*翌日、海岸を歩いてみると石が円状に並べられている場所がある。直径1m程度、円の内側は白い貝殻で埋め尽くされている。黒い岩肌に幾つもの白い丸が描かれている状態だ。不思議に思いながらも仕事に取り掛かり、手帳のマス目を数字で埋めていく。この島に居る人間は自分の他にグルナーのみだ。どんな様子かと双眼鏡を覗いてみると、下着姿のグルナーとは別に小柄な人影が見えて驚く。しかし再度覗き込むと、レンズの向こうにはもう灯台守しか居ない。
*夜になるとドアの外に訪問者の気配がする。「グルナーか?」と声を掛けるが返事はなく、ドアの下の隙間から覗いた指先は小さく青黒い。得体が知れず、その指先を踏み付ける。気が付けば小屋を覆うように何か沢山の気配が蠢いている。地下室に潜って板の隙間から様子を窺うと、外で蠢いていたものが屋内に入ったようだ。板の反対側から青黒く滑りのある肌と、白目のない眼球が覗き返す。咄嗟にナイフを突き立てる観測員。
*夜通し地下室に籠り、陽が昇ってから外へ。砂地には自分のものよりは小さめの足跡が残っている。アルドールのノートにも描かれていた、両生類の足跡のようだ。その足跡は岩場へ続き、その先には波が打ち寄せている。何が起こったのか知りたい観測員は灯台へ向かう。激しく扉を叩き窓に石を投げ付けるがグルナーは観測員を灯台へ招き入れず、それどころか汚水を浴びせようとする。「島に来るからだ」と言い捨てる灯台守。
*夜にやって来る生き物について何の情報も得られないまま、観測員は1人で小屋を守る準備をする。荷物を運んだ木箱を壊して、板で窓を塞ぐ。灯台を倣って木材を尖らせる。小屋の周囲に溝を掘り、残った木材と本を溝に並べてオイルを撒く。木箱の1つにはライフルも入っていて、それを抱えて夜を待つ。
*やがて灯台から放たれる光の中に、海からやって来る無数のシルエットが浮かぶ。正体は分からないが小屋を取り囲み、昨晩よりも激しく扉や壁を揺らす。ガラスが割れるが板で窓を塞いでいたため、直ぐに生き物が傾れ込んでくる事はない。板越しに次々発砲する観測員。頭上からも気配がして、天井も撃つ。ひとまず騒ぎが収まったと見ると、松明を掴んで溝に点火。すると炎を恐れてか、生き物は海へと退散していく。
*しかし溝と小屋との距離が近過ぎたらしく、小屋に炎が燃え移る。何とか消火しようとするが手に負えず、已む無く観測員は毛布を被って扉を突き破る。そのまま走って岩陰へ。その時強い雨が降り始める。お陰で全てが燃え落ちる前に火は消えるが、このまま住む事が出来る状態ではない。腕尽くでもグルナーと話す必要がある。
*灯台守の様子を確認しながら、ライフルを手にグルナーの泉の岩陰に隠れる。彼は間もなく泉に到着する筈だ。観測員がライフルを構えて待機していると、背後に気配を感じる。振り向くとそこには未知の生命体が居た。青黒い肌と白目のない眼球、切れ込みが入ったような鼻孔。威嚇するように開いた口腔内はヒトのものと大差ない。これが夜な夜な小屋を襲った生き物だろう。
*生き物に突き飛ばされて、立ち上がり逆に押し倒す。銃口を向けると泉に現れたグルナーが観測員に「駄目だ、撃つな」と叫ぶ。相手は観測員に銃口を向けている。「銃を置け」と命じる観測員。グルナーはこの生き物を殺されたくないらしく、素直に従う。「何が望みだ?」「そんなの分かるだろ」「煙草はあるか?コーヒーは?」「ある」「ウォッカは?」「ジンなら。銃弾もある」口径を尋ねるグルナーに弾を投げる観測員。グルナーは納得した様子で「彼女は無害だ」と言う。観測員には信じ難いが、グルナーが呼ぶと生き物は彼に駆け寄り蹲る。良く懐いたペットのようだ。「これからお前を[友/フレンド]と呼ぶよ」
*歩き出したグルナーを追って自分の小屋へ。2人で燃え残った物を運び出す。手に怪我をしているのを見咎めて「噛まれたのか?」と訊くグルナーに「火傷だ」と答える。「前任者はチフスで死んだんじゃないな。あんたが見捨てたんだろ、殺人も同然だ」と詰るが、グルナーは特に反応しない。2人は陽が落ちる寸前に、灯台へ荷物を運び終える。
*観測員が目を覚ますと、生き物が傷付いた掌を舐めている。驚いて手を引っ込めると、出掛けていたグルナーが帰宅する。灯台守によると、2日程眠り込んでいたらしい。疲労と怪我のせいだろう。改めて生き物を眺めると、彼女はグルナーに与えられたのであろう服を着ている。全体の骨格はヒトに近い。移動は四足歩行が中心だが獣と言うよりは、体毛がなく青い皮膚のその容姿から受ける印象は蛙等の両生類。カエル人間と言った風情だ。アルドールが書き残した手帳の絵は、この生き物を描いたものだろう。
*鎖に繋いでいる訳でもないのに、グルナーはこの生き物を飼い馴らしている。「凄いな、未知の生き物だ。我々の知る世界は一部に過ぎない」と呟く観測員。彼は独自に進化した固有魚が住む環礁の話を思い出す。外部から隔絶された地で生き続け、その特性を保つのだ。この生き物もヒトとは違い、両生類・爬虫類・魚でもない。そして彼女は他の個体とも違って大人しい。グルナーは「噛まないだけだ」と言うが、彼の肩には噛み跡がある。それを指摘すると「1度噛まれたが懲らしめた」との返事。「覚えておけ、静かな海も人間を呑み込むんだ」生き物は急に立ち上がったグルナーに怯えた様子だ。彼女は言葉はある程度理解しているようで命令には従うが、会話は出来ないらしい。
*生き物が光を嫌うため、灯台が陸も照らすよう調整したと話すグルナー。彼は観測員が眠っている間に、物資の確認もしていたらしい。弾丸の数は1862発。「4日前、僕が来た時に逃げる事も出来たのに」と問い掛けると「何処に逃げる?」と訊き返す。「文明社会にだよ」「居心地が良かったならお前は何故ここへ来た?」言い淀む観測員。船が通ったら信号を送りたいと考えるが、グルナーは「普段は船は通らない」と否定的だ。灯台は船のためではなく、次年度の予算取得のために現年度の予算を使い切る目的で建てられたに過ぎないのだと。
*観測員が人生を立て直すのは1週間で2度目になる。個人的な持ち物は全て燃えてしまった。この島では強い喪失感を覚えるが理由は分からない。文明が恋しいのか、逃げられないせいか、単に怖いのか。観測員は文明社会とのせめてもの繋がりであるかのように、灯台の壁に日付を書き付ける。今日は1914年9月2日。
*観測員が灯台の物品を眺めていると、いつの間にか接近していた生き物が一緒に箱を覗き込んでいる。好奇心旺盛らしく、他の個体が嫌う筈のランタンの炎にも怯える様子がない。ロウソクを齧ろうとするのを止めたいが、何と伝えたものか。戸惑っているとグルナーがやって来て「銃を持て」と言う。
*2人で灯塔上部の踊り場へ。銃や斧、ナイフで可能な限りの武装をするグルナー。観測員は生き物と接したせいか気乗りしない。グルナーは構わず「近くに来るまで撃つな、弾を無駄にしたくない。大量に殺せば共食いを始める」と話す。照明弾を放ち灯台の光が地面を舐めても、まだ何も動きは見えない。ふと見上げると更に上部の灯室付近では、生き物が天を仰いで微かに音を発している。すると海岸に無数の生き物が現れる。手慣れた様子で生き物に発砲するグルナー。昨夜は威勢が良かったが、観測員は今夜は1発も撃てない。後退りしゃがみ込むと、グルナーの姿は遠い光景のように思える。踊り場に上って来る生き物を次々蹴散らし、振り返って「戦え」と叫ぶグルナー。観測員は立ち上がる事も出来ずに目を伏せる。
*朝になり、ハンモックで眠っている観測員に水が浴びせられる。「グルナーは1人で生きられる」と言う灯台守。「重荷を抱えるくらいなら、チョコレートもコーヒーも要らん」と怒鳴る。確かに昨晩は役立たずだった。命じられるままに泉まで水を汲みに行く観測員。灯台に戻ると荒い息が聞こえる。灯台守の寝室を覗くと、彼は生き物と交わっている。振り向いたグルナーと目が合い、そのまま引き上げ式の扉を閉める。
*事が済むのを待って、缶詰を温めて食事にする。昨日は生き物に親しみを持ったが、流石に未知の生物との性交には抵抗感がある。戸惑った表情を浮かべる観測員を、無遠慮に眺める灯台守。日が暮れるとグルナーは「最後のチャンスだ」と言い放つ。昨夜と同様に2人で踊り場に立つが、生き物が出現するとグルナーは1人で屋内に戻って扉を閉めてしまう。締め出された観測員は必死で助けを求めるが、灯台守は決して扉を開けない。やがて朝になり静かになると、漸く外に出るグルナー。そこには生き延びた観測員が居て、鋭い眼光でグルナーを見据える。
*こうして奇妙な運命共同体となった2人は、連日夜になると生き物を狩った。そして夜明けになると眠る生活だ。観測員は灯台に置いてもらうため、嫌な仕事も引き受けている。無に安らぎを求めて島に来たが、実際には静寂ではなく怪物だらけの地獄を見付けたと考える。日は流れて11月にもなると、観測員も灯台守と同様に髭面で逞しくなっている。
*2人と1匹の暮らし。薬草を煎じながら「連中が来るのは彼女が泣くからかもしれない」と言う観測員。しかしいつでもそうだと言う訳でもない。グルナーは「確かなのは俺達の方が侵入者で敵って事だ。人間は敵を殺して征服する」と話す。「征服したいのか?」「いや、根絶やしにしたい。絶滅だ」
*灯台を守る杭が痛んでおり、グルナーは「木を集めろ」と言い出す。しかし2人で殺し続けたせいか、この数週間は生き物は姿を見せていない。観測員がその点について意見を述べると、グルナーは「追い出されたいのか?」と凄む。渋々木を集める観測員。しかし夜になってもやはり怪物は姿を見せない。「冬は暖かい海に移動するのかも。または勝てないと悟ったのか」と踊り場で話すと、グルナーは「数が揃えばまた襲ってくる」と言う。「見張ってろ」と屋内へ消えるグルナー。結局その夜も何事もなく終わる。
*平穏ではあるが、観測員は戦っていない時の方が気が滅入る。休戦中は生き物の態度も変化する。グルナーが彼女と寝ている事にも気持ちが穏やかではない。文明社会にも、自然の摂理にも反する行為だ。ある時、与えられた服を脱いで浅瀬で泳ぐ彼女に近付くが、相手が何を考えているのか掴めない。グルナーはどうやって彼女と親密になったのか、冷たい肌は嫌ではないのか。観測員はそんな事を考える。彼は彼女を[アネリス]と呼ぶ事にする。
*夕食の時間、食べ物を欲しがり落ち着かないアネリスに「伏せ」と命じるグルナー。観測員は彼女の前に食器を差し出してやる。グルナーはそれを咎めず「チェスは出来るか?」と尋ねる。観測員もチェスを好むためゲームが始まる。対局中に「本当に興味深い生き物だ」と話す観測員。アネリスの血液は北極の魚と同じ性質を持つのだろう。凍結しないため氷点下で生存出来る。まぶたは2層あり、1層目は人間と同じで、透明な2層目は恐らく潜水用。「標本をイギリスかアメリカに持ち帰れば、私達は称賛されるだろう」観測員がそう言うと、チェス盤を睨んでいたグルナーが激しく反応。「名声が欲しくてこんな島に来たんじゃない」と叫ぶグルナー。心が乱れたせいか、そこで観測員がチェックメイトを宣言する。「こんな筈じゃ」と更に動揺する灯台守を宥めようとするが、彼は銃を取り出して発砲する。
*灯台守が狙ったのは窓の外、久し振りに現れた生き物の群れを撃ったのだ。灯台の明かりを点け忘れたため接近を許してしまった。慌てて照明を動かしカエル人間に応戦するが、今日は一際数が多い。やがて弾切れになり、踊り場から灯ろうへ。グルナーが捕まり足を怪我するが、どうにか3人で立て篭もる。不安定なアネリスが忙しなく動く傍で、グルナーは静かに歌い出す。間もなく陽が昇り、怪物達は帰って行く。
*アネリスがグルナーの足の傷を舐める。痛みに悶絶するグルナー。また襲われればもうお終いだろう。食料も弾も士気も尽きる寸前だ。閉塞感の中、沖に船を見付ける観測員。灯台へ駆け戻り照明弾を放とうとすると、グルナーが突き倒して押さえ込む。「グルナーは自分を守れる、手出しはさせない。余計なものは必要ない」揉み合う2人に触発されたのか、アネリスがグルナーに歯向かい、威嚇するように声を上げる。初めて見る姿だ。鞭打つつもりなのだろう、ベルトを引き抜くグルナー。海へと逃れるアネリス。その隙に地面に投げ出された照明弾を拾おうとするが、伸ばした腕をグルナーが踏み付ける。「これ以上人間は要らない」と言うグルナー。立ち去る彼の背中に叫ぶ観測員。「あんたは人間嫌いの負け犬だ。仲間が居なくなるのが怖いんだろ。敵が居なくなるのも怖い。敵を生かして憎しみに縋ってる」まだ遠くに船は見えているが、観測員には為す術がない。
*ハンモックに身を沈めていると、グルナーの寝室から怒声が聞こえてくる。その後、灯台を飛び出すアネリス。彼女を追い掛けると、海岸に打ち上げられた鯨の骨がある場所で身を縮めている。殴られたのだろう、彼女の顔には傷があり血が出ている。言葉で慰める事は出来ないため、骨を削って作った小さな船を差し出してみる。彼女はそれを気に入ったようだ。2人で海岸を歩いていると、ボートを発見する。
*灯台に戻って報告するが、グルナーは既にボートの事を知っていた。知れば観測員がボートで逃げ出すだろうと思ったのだと言う。「お前のためだ。低体温症・飢え・嵐に襲われて、カエルに喰われて終わり。死にたいなら止めないが」ボートはポルトガルの難破船のものだと言う。岸まで辿り着いた者は灯台を目指したが、カエルに襲われ朝までに海の底に消えた。「その船は通商路の外れで何をしてたんだ?」「爆薬の密輸船だ。岸でダイナマイトの箱を幾つか見付けたが、中身が全て水浸しだった」
*以前に灯台の物品を見ていた時に、潜水具があった。ボートを修理して、干潮の朝に海に潜る事を提案する観測員。流れ着いたダイナマイトが僅かなら、大半は水底にある筈だ。それを回収して使えるものがあれば、怪物を大量に殺せる。そう主張するが、グルナーは「海に潜るなんて自殺行為だ」と取り合わない。「私が潜るから、あんたは空気を送ってくれ。怪物を根絶やしにするチャンスだぞ」と言い募っても、グルナーは「無理だ」の一点張りだ。それでもボートを修理する観測員。ボートの近くの入り江から、アネリスが泳いでいる気配がする。接近してシャツを脱いで、自分も水に浸かる。その様子を密かに見ているグルナー。
*ある朝グルナーは急に「気が変わった」と言い出し、観測員と共に海へ出る。ロープを1回引いたら[問題なし]、2回で[箱を確保]、3回なら[1人で逃げろ]。そんな風に合図を決めて、重い潜水服で冷たい海の中へ。水底には難破船と、予想通り沢山のダイナマイトの箱が沈んでいる。視界が悪く動きも制限される中、グルナーと連携して順調に箱を引き上げていく。しかしカエルは日中、海の中に居るだろう。
*素早い動きで何かが視界を横切る。警戒していると突如眼前にカエルが現れる。驚いてバランスを崩し、後方へ転倒する観測員。こうなると自力では起き上がれない。ロープを引いてもこの事態は想定しておらず、グルナーには上手く伝わらない。結局観測員は潜水服を脱ぎ捨てて、凍て付くような水の中を浮上してボートに戻る。潜水服を失い、もうこれ以上箱を回収する事は出来ない。
*灯台へ戻って箱を開けるが、1箱目の内部は腐食している。使い物にならないのは明らかだ。落胆した表情のグルナー。しかし次の箱は浸水を逃れていて、ダイナマイトが元の状態を保っている。グルナーは嬉しそうに笑う。そんな顔を見せるのは初めてかもしれない。早速灯台の周囲にダイナマイトを設置する。観測員は自分の経験から「灯台に近過ぎる」と助言するが、グルナーは「この位置なら一度に大群を仕留められる」と譲らない。「ピサの斜塔になるぞ」と話していると、作業中に雪が舞い始める。本格的な冬の始まりだ。
*敢えて灯台の光を消して誘き寄せようとするが、怪物は現れない。数日経過したある日、観測員はグルナーが夜通し屋外に居た事に気付く。ダイナマイトの起爆スイッチに掛けられたままだった手を引き剥がしてやると、声も出せないのだろう、灯台守は観測員の頬を指先で撫でてから屋内へ戻る。当分使う機会はなさそうで、発破器の接続を一旦切っておく観測員。
*動きがないまま3週間が過ぎて焦燥感が募る。アネリスはいつも食糧を調達してくるが、今日運んできたのはヒトデだ。「こんなものが食えるか」と怒鳴って、アネリスを踏み付けるグルナー。観測員が制止するが「こいつが仲間に忠告したのさ」と怒りが収まらない様子だ。「このスパイめ、恩を仇で返しやがって。よくも俺を裏切ったな、懲りない奴だ」と彼女の胸倉を掴んで平手打ちする。止めに入った観測員の肩を掴むと「奇襲攻撃だ、誘き出すぞ」とグルナーが言う。「扉を開けて中に誘い込んで殺せ。充分集まったらダイナマイトで爆破する」アネリスはまだ怯えている。
*夜になるとグルナーの指示に従い、灯台の扉を開ける。ランタンを灯し、灯台の光は落とす。アネリスを責め立て「歌え、仲間を呼べ」と怒鳴るグルナー。風で消えたランタンに観測員が火を点け直していると、遂に最初の1匹が灯台に入って来る。一気に海岸を埋め尽くし、灯台に傾れ込んでくるカエル人間。踊り場に掛け上がったグルナーが起爆スイッチ押すが、何の反応もない。先日接続を外しておいた事を思い出し、コードを繋ぎ直す観測員。再びスイッチを押し込むと、今度はダイナマイトが爆発する。
*続け様にもう1つのスイッチを押すグルナー。そちらは灯台に近過ぎる方だ。観測員が慌てて制止するが間に合わない。爆風に巻き込まれる灯台。観測員が意識を取り戻すと踊り場で倒れたままで、夜が明けている。傍で倒れたままのグルナーを起こして地上に下りてみると、至る所にカエルの死体が転がっている。生き残ったが身動きが出来ないカエルは、グルナーが銛で突いては殺して回る。観測員もそれに倣おうとするが、面と向かうと躊躇いもある。銃殺にしようとするとグルナーは「弾の無駄だ、ナイフを使え」と指示する。蹲ってカエルに近付くと、その首には石や貝で作られたペンダントが下がっている。彼等にも知能が、文化があるのだ。「酷い事をした」と呟く観測員。グルナーはそれを見て、観測員からペンダントを取り上げると遠くへ放り投げる。
*暫くは襲撃もなく静かになるだろう。同胞を失ったアネリスは泣き続けている。グルナーは「初めて見付けた時は、網に絡まって泣いてたんだ。可愛いだろ」と言う。「だが豹変する。俺が命を救ったのにな。でもまた直ぐ従順になる、毎度の事だ」観測員はその言葉に「悲しんでる」とだけ返す。鯨の骨まで歩いて行くと、水面に揺れる2匹のカエルが見える。敵意は感じない。観測員はいつか見たように石を円状に並べる。そして中央に、お手製の骨の小船を置く。灯台に戻るとグルナーが照明弾を使って何かを作っている。彼は「もっと強力な武器があると思わせる」と話す。灯台の踊り場からは鯨の骨が見える。双眼鏡を覗くが変化はないようだ。
*ベッドで寝入っているグルナー。傍には酒瓶が転がっている。彼の私物が入ったケースを手に取ると、中には前任者アルドールの手帳に挟まっていたのと同じ写真がある。裏面の書き込みも同じ。こちらの写真には夫の姿もある。この写真の男がアルドールであり、別人にしか見えないがグルナーを名乗っているこの男こそがアルドールなのだろう。彼は前任の観測員だったのだ。帰る事が出来たのに、それを回避した。動揺しつつ、壁に書いていた日付を消す観測員。
*鯨の骨まで行くと、カエルの子が姿を見せる。雰囲気が違っているが、アネリスも姿を見せる。水面に見えたのはこの2匹だろう。手にしていた松明を石の円の中に投げて、骨の舟を差し出す観測員。他のカエルが取り囲むようにして姿を見せる。直ぐに攻撃を仕掛けてくるような気配はない。しかしそこへグルナーが乱入する。「奴等を手懐けたつもりか?」と観測員に怒鳴る前任者。
*「撃つな、彼等は休戦を求めてる。銃を置いて戦う意思がないと示してくれ。私達が間違ってたんだ」と説得しようとしても、グルナーは聞き入れない。アネリスに向かって「灯台に入れ」と命令する。しかし彼女はグルナーを見据えるだけで動こうとはしない。「俺を信じろ。全員ここに居るんだ。誰もグルナーを見捨てるな。去るな」震える声。アネリスは僅かに後退する。「グルナーが居なくなる。グルナーがお前等を見捨てる。お前等は居ろ、グルナーがここから立ち去る。見捨てられるのはご免だ」
*グルナーが灯台へと姿を消し、やがてカエル達も戻って行こうとする。すると灯台から光の矢が飛んで来る。グルナーが改造していた照明弾だ。カエルの子の身体を燃やし、火が消える頃には子供は動かなくなる。瞬く間の出来事で為す術もない。更にもう1発撃ち込まれ、カエル達は海へと退避する。観測員はアネリスを呼び止めようとするが、彼女は仲間と立ち去る。
*灯台へ駆け戻る観測員。グルナーと揉み合いになり最後には斧を振り上げられる。観測員が「アルドール、人を殺しては駄目だ」と叫ぶと、久し振りに本来の名前を呼ばれたグルナーは動きを止める。涙を流して斧を取り落とし「愛を」と呟く灯台守。彼が単身外へ出ると、待ち構えていたカエルが足に噛み付く。カエルが次々と灯台守の身体に覆い被さる。叫び声が聞こえる。もう彼を救う事は出来ない。彼もそれを望まないだろう。観測員は扉に閂を掛ける。
*主の居なくなった灯台守のベッドで眠る観測員。するとそこに訪問者がやって来る。カエル人間ではない、日中に人間の客だ。1年が経過し観測員としての任期が終わり、新任の気象観測員が連れて来られたのだ。「海軍から派遣された灯台守のグルナーか?」と問い掛けられる元観測員。「前任者は何処だ?」「チフスで」グルナーと同じ台詞を伝える。「酷い状態だな、ここはまるで豚小屋だ。鏡を見ろ。戦時中だと言うのに弛んでるぞ」出航後間もなく始まった世界大戦はまだ続いている。
*返事をせずに踊り場に出ると、背後から「あまりにも孤独で心が病んだのでしょう。人は1人では生きられない」「医者に診せる」と会話が聞こえる。沖には大きな船が停泊しているのが見える。本当の名前を告げれば、この島から逃げ出す事が出来るだろう。前任者は「何処に逃げる?」と訊いた。地上から同じ船を見ていたアネリスが、岩場を駆けて海へ飛び込み、沖へと泳ぎ始める。
■雑感・メモ等
*映画『コールド・スキン』
*レンタルにて鑑賞
*文化人類学者でもあるアルベール・サンチェス・ピニョルの、カタルーニャ語で書かれた長編小説『冷たい肌』の映画化との事。邦訳されているけど現在は絶版の様子。
*メディアのジャケットやあらすじからの印象ではホラー寄りサバイバルアクションて感じかなと思っていたら、実際には観測員と灯台守、そこにアネリスを加えた三者の関係性に重点が置かれている印象。原作ではその傾向がより顕著なようで、アネリスの存在感が強そう。大筋としては概ね忠実な映画化なのかな。
*原作では主人公は[私]、映画版では灯台守から[友/フレンド]と命名される。でも文中延々フレンドと記載するのは違和感がありそうだから、ネタバレでは[観測員]で統一。原作での主人公はアイルランド独立戦争とその後の内戦で疲弊しているようだけど、映画版はちょっと年代がズレてる模様。
*劇中[カエル人間]と言う呼称が出てくるのでそれに沿って書いてるけど、生き物の外見から受ける印象は半魚人にも近い。特に説明はなかったけど、アネリスが舐めるのは治療になってるんだろか。
*ネタバレではそれなりに端折っているけど、全体的にモノローグが多め。ダンテの地獄篇や宮本武蔵の言葉なんかも出てくる。
*冒頭、観測員は「船長は何でもしてくれる」とか言う。孤島の状況を心配した船長はそのまま観測員を連れ帰ろうとして、それが叶わないと別れ際には「よく食べてしっかり働け。頑張れよ」みたいな事を言う。船長の登場時間は短いけど良い人で、2人は疑似親子みたいな感じだったのかなと思った。