アカシを倒して、最新章の終わりまで行きました。最後は、ちょっと手こずりましたが。ゲーム的に言うと、強化のスキルを最大限に活用することで勝てるバランスになっていたようです。

 

今回も、セリフがなかなか良かったんですが、眠かったり、他のことをしながらやったりで、もう一回見たいなと思いますが、どうやって見ればいいのかわからない。

 

マガ通信のマガは、禍津神のマガだったようです。そのくだりで、なるほどと思ったことがあったんだけど、記憶に残らなかったので、もう一回見たい。

 

そして、リコの啖呵もなかなか良かったので、もう一回見たいですね。前半部分は、アカシの歪んだ理論に反論するパートで、後半部分は、投げやりになり、ヤケクソになっているアカシを説得するパートとなっていました。

 

後半はちょっと無理があるなとは思いました。アカシの理論は、この世界は強者が弱者を食い物にする弱肉強食の秩序で出来上がっていて、人はそこで食われる側になるか、食う側になるかの二択しかない。そして自分は食う側になる。というものでした。

 

ボタンの掛け違いがあって、アカシが一度、先輩や恋人に裏切られたことは事実であっても、だからといって全ての人が騙し騙されとやっているわけじゃないのだけれど、アカシは全ての人が騙し騙されとやっていると思いこんでしまったのでした。

 

でもそのボタンの掛け違えを正すことができないで、何十年も過ごしてきてしまったのだったら、そう簡単に引き返せないですよね。

 

最初の時点では、アカシは怪盗団を食い物にして、自分の利益のために利用しようとします。結局は、武力によって敗北して、当初の予定通りには行かなくなるのですが、アカシは単に武力で攻撃を受けていただけでなく、リコの言葉による反論によっても攻撃を受けていました。

 

私たちにカタヤマ先生がいたように、あなたにも親身になってくれる人が誰かいたはずだ、というのがリコの指摘でしたが、そうなのね、じゃあ今から探そうか、とはならないのであって、うるせえ、黙れ、となるわけです。

 

でも、この世界は食うか食われるかなのだ、という理論については、そういう一面があることは事実なので、特に学生や子供には、そうであるとも違うとも言えないので、圧倒的な熱量で主張されると、気圧されてそうかもしれないと思ってしまいまそうです。

 

リコは一歩も引かずに言い返すことができたので、負けはなかったですが、相手の痛いところを突かないと、勝ちもないので、そこが頑張りどころでした。

 

アカシが、わかったようなことを言っているところ、社会とはこんなところだよと上からのたまうところ、それを客観的な認識ではなく、子供がすねているようだ、と喝破したところは、なかなかのダメージを与えたのかもしれません。本当はもっと、多面的に時間をかけて、自分が直面している事態を認識しなければならなかったのに、アカシは、その場の感情に任せて、適当に理解してしまったので、現実から遊離した認識に導かれました。

 

リコの方も、自分のことでは、物事を正しく認識できなくて、感情に任せて適当に理解してしまっていたことがありました。カタヤマ先生は、リコが親の言いなりになって自分の本心を押し殺しているようなのを、あまり良くないと思って、どうにかしてあげたいと考え、頻繁にリコとリコの両親に関わっていました。

 

しかしリコの方では、自分が子供らしくない、変わった状態にあることをあまり自覚してなくて、妙に干渉してくる教師を鬱陶しいと感じて、あまり構わないで欲しいと言い放ったりしてました。

 

でも、心の中を丁寧に見ていけば、自分で自分が置かれた状況を、何かおかしいと感じていたのであり、自分にとって不足しているもの(無償の愛)を誰かにもらいたいと望んでいることが見えてくるのだし、リコは実際にそのことに気が付きました。ただ、その気づきはすぐには訪れなかったので、長い時間が経過してしまい、怪盗団のメンバーに出会ってから、カタヤマ先生が手を差し伸べてくれたこと、そして本当は自分は差し出されたもの(無償の愛)を受け取りたかったのだ、ということに気が付きます。

 

自分の人生においては、親の期待に応えて、親を喜ばせることが大事、というのが、リコが自然に作り上げていた世界観でした。そこには、自分が本心では何を望んでいるかが除外されていて、抑圧されていました。そのことに気がつくのに、かなり時間がかかったわけですが、リコの場合は、逆境の中で悟りを得たのではなくて、見返りなしに親切にしたりされたりする関係性を、身近なところで見ることができ、自分が少しそこから隔たっていることが、逆照射されて見えてくるという経験をしたのだと思います。暖かさの中で、悟りを得られたので、リコはラッキーだったと言えるかもしれません。

 

アカシの場合は、救いの手を差し伸べてくれた人が、人を利用する人間だったので、認識の歪みを訂正してもらえるどころか、ますます歪みをひどくするような働きかけを受けていたものと思われます。それでも、アカシはその人物のことを最後まで信頼していたようです。そして裏切られて命を落とすことになりました。

 

リコは、カタヤマ先生や怪盗団メンバーとの交流を経て、諦めたり投げやりになったりせずに、周りから差し伸べられている親切を受け取り、自分の本心が望むことをありのままに認識して、世界との幸福な関係を再構築するプロセスを知っていたため、アカシがまだトンネルの中でもがいていることがわかり、出口とは違う、間違った方向に進んでいることもわかったのかもしれません。

 

その辺の問題点の把握において、アカシよりもリコの方が先を行っていたために、アカシにとっては、痛いところを突かれてしまったのではないかと思います。

 

ルフェルも、いつものことですが、冷静に事態を見ていて、的確な言葉で表現してくれるので、ルフェルの目を以てすれば、横着して適当に物事を理解している人のおかしさを、正しく見通すことができそうです。実際にはルフェルが積極的に作戦を立案する役割ではなくて、少し引いて冷静なコメントをするばかりです。でも、他の人たちが認識に歪みを生じて、おかしなことをしはじめたら、ルフェルが気づいて、何がおかしいかを的確に指摘してくれそうで、その意味で、安心感があります。

 

問答の後半は、アカシが自暴自棄になって、人殺しをする、あるいは自分で自分を殺す、その可能性をいかにして止めるかが課題となっていました。

 

他者を殺すことも自分を殺すことも許さない、、あなたは生きて罪を償いなさい。これがリコが言ったことですが、あなたはやり直せる、関わりを持った私たちが見捨てない、と言うわけにはいかなくて(そこまでアカシのことが好きじゃない)、死んで終わりにして、ある種の救いを得たいというアカシの気持ちの一部を、そんなことは許さないと言い、さりとて、私たちがアカシの友人になると言ってももらえなくて、ただただ楽をすることを許可されず、生きて罪の償いをするように強制される。この、一種、無慈悲な要求が、アカシにとっては響いたのかな。

 

その気もないのに、あなたと一緒関わって、助けていくと言っていれば、そんなの口だけだろと言い返すことができたかもしれません。しかしあなたのことは好きじゃないから、そんなに関わらない、でも死ぬのは許さない、罪を償うべき、ということを、リコは言っていたために、冷たすぎて、それがアカシの知っている冷たい世界と一致しているため、納得せざるをえなかったのかな。

 

現実の厳しさに目を向けずに、人間を優しく包んでくれる理想郷を思い描き、それを語る人がいたら、この人は自分の知っている冷たい世界と全く違うことを語っていると感じて、耳を閉ざしたかもしれません。でも、自分がよく知る冷たい世界と一致するような冷たい意見をぶつけてくる相手に対しては、簡単に否定はできなかったのでしょう。現実を実際以上に厳しく思い描いた、アカシの世界観と、リコたちの冷たい仕打ちとが、だいたい一致するようだったので、それで全否定はできなかっのかもしれません。

 

それでも、全く関わらない、避けて通るより、厳しくても意見を言ってくれる人の方が、まだ親切ということも言えるわけです。そして実際、アカシはリコたちの働きかけから悟りを得て、自分がしたことを謝罪して、いちからやりなおす可能性を考え始めます。

 

やはり結局、本当の現実に近い認識を得ることで、それは相手の人生にも共通しているわけですから、話が通じる部分が出てくるということなんでしょう。

 

どうにかして説得しようとして、相手をコントロールすることを考えていると、都合のいい現実を捏造する危険性が出てきます。いつも真実を話そうとするなら、嘘のストーリーを見透かされて馬鹿にされるリスクがなくなります。全部本当だから、嘘だと見抜かれていることはないし、真実を嘘と言えば、その人の方が遅れを取ることになります。

 

 

110回ガチャをやって、ルーナが入手できました。良かった。