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日々の戯言
since 2013

2025年のブログを2025年中に終わることが出来るのか?
果たして??
これからは最早、2025年振り返りブログのようなもの。(笑)
 
 
2025年6月14日(土曜日)
今年は美術展の当たり年!
モネやゴッホを含む観たい展示が目白押し。

 

で、6月に県美で藤田嗣治の展示があるってんで、行ってみることにした。

5月に行った秋田県立美術館で観たフジタ作品が素敵だったので、もっと観てみたくなって☆

 
あと、山梨でもね。

 

会場は、兵庫県立美術館。通称、「県美」。

県美に来るのは4月のパウル・クレー展以来デス。

 


 

今回もいつものアート・トリオでの訪問。

2人に声かけてみたら、観たいって言ってくれたので。

 

今回は、藤田嗣治個人の展示ではなく、国吉康雄との2人展。

同じ時代に活躍した2人の作品を同時に観ることが出来ました。

 

 

20世紀前半の激動の時代に、海外で成功と挫折を経験した二人の画家、藤田嗣治(1886-1968)と国吉康雄(1889-1953)の展覧会を開催します。

藤田嗣治は、東京美術学校卒業後26歳で単身フランスに渡り、1920年代「素晴らしき乳白色の下地」と称賛された独自の画風によって、エコール・ド・パリの寵児としてフランスでの名声を確立します。

国吉康雄は16歳で渡米、画才を認められて研鑽を積み、アメリカ具象絵画を代表する画家としての地位を築きました。

パリとニューヨークで活躍した二人の画家は、1925年と28年のパリ、1930年のニューヨークで接点を持ちますが、太平洋戦争によりその関係性が破綻します。

1949年の10カ月を藤田はニューヨークで過ごしますが、現地にいた国吉との再会は叶いませんでした。

日本とフランス、日本とアメリカ、二つの祖国を持った二人が、それぞれどのような自覚と視座のもと作品を生み出していったのか。

これまで個別に語られてきた二人の画家について、9つの章を通して作品を対比させながらご紹介します。

(公式サイトより)

 

 

 

さぁ、2人の世界に没入しますよ~~~!
 
 
藤田嗣治
1886年東京府生まれ。
画家を志し、1905年東京美術学校西洋画科に入学。
1913年に単身渡仏。
1919年のサロン・ドートンヌで全点が入選を果たし、会員に選出される。
1921年に発表した裸婦像の「素晴らしき乳白色の下地」が称賛を集める。
以後、エコール・ド・パリの寵児として知られる。
1929年に日本に一時帰国後、中南米滞在を経て1933年から再び日本で暮らした。
翌年に二科会員となり、中南米や日本の風土を題材とした絵画や壁画を手がけた。
1939年に再渡仏するが、第二次世界大戦の戦況悪化のため翌1940年に帰国し、戦時中には「作戦記録画」を制作した。
戦後、1949年に渡米、翌年フランスに帰還し、1955年にフランス国籍を取得。
1959年にはカトリックの洗礼を受け、1968年に死去。
 
 
残念ながら展示はほぼ撮影NGだったので、観た作品の中で印象に残った作品を備忘メモ。
 
『五人の裸女』東京国立近代美術館
この作品は、所蔵する東京国立近代美術館に行った時にも観たけれど、下画像の作品と2枚並べて展示してあることで、その魅力が倍増してた。
 
『舞踏会の前』大原美術館
 
『砂の上で』姫路市立美術館
まさかの地元の美術館も所蔵してた!
 
 
『ラマと四人の人物』三重県立美術館
この作品が一番好きだったかも~~~!!
水彩画なので、色が褪せて行ってしまうかも、だけど。
この淡い色合いも含めて、世界感が好き。
 
 
『自画像』東京国立近代美術館
おそらく、ナルシストだっただろう、と思うくらいに自画像が多い。
ゴッホも多いけど、ゴッホの場合はモデルを野党お金がなくて自分を描いた説が有力。ww
 
 
『猫』東京国立近代美術館
そうそう、フジタ作品に惹かれる理由のひとつが猫!
色んな作品に登場するけど、この作品はタイトルも「猫」!
 
 
『猫のいる静物』石橋財団アーティゾン美術館
この静物画の黒の余白が素敵だった。
 
 
『私の夢』新潟県立近代美術館
乳白色の美女と猫と動物たち。。。
ファンタジー感満載。
 
 
『美しいスペイン女』豊田市美術館
この作品は、額縁も含めて作品。
タイトルにはスペインとあるものの、そこはかとなく漂うメヒコ感。ww

 

 

 

国吉康雄

1889年岡山市生まれ。

1906年に労働移民として単身渡米。

学校の教師に勧められ美術の道に進む。

1916年からニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグで学んだことが転機となり、初期作は東洋的画題と西洋的技法の融合した独自の表現として評価を受けた。

友人で画家のパスキンの勧めで1925年と28年に2度渡仏。

「ユニバーサル・ウーマン」と呼ばれる女性像を描き人気を博す。

1931年に帰国し、個展を開催。

同年に二科会員となり、翌1932年に二科会へ出品。

1941年の太平洋戦争勃発後、日米間の対立に苦悩する心中が投影された作品を描いた。

1948年にホイットニー美術館で現存作家初の個展を開催。

1952年にヴェネツィア・ビエンナーレアメリカ代表に選出。

アメリカ市民権を申請中の1953年に死去。

 

 

恥ずかしながら、今回初めて知った画家。

作品も、どこかで目にしていたかもしれんかも、やけども記憶に残ってない。残念。

さて、印象に残った国吉の作品たち。

 

 

『カーテンを引く子供』岡山県立美術館

このもちっとした子供、足の小ささ。。。

ルソーを彷彿とさせるな・・・・。

 

この写真を見て~~~。

 

この作品を見る!

『製作中』福武コレクション

構図は写真から、ですね。

 

彼の作品は、私にはあまり刺さって来なかったかなぁ~~~。

でも、第二次世界大戦における彼の芸術家としての姿勢は好きだな。

政府の意のままに戦争擁護の作品を描いたフジタとは違って。

 

 

最後の部屋だけ撮影OKだった~。

片側の壁にフジタ作品。

 

『姉妹』『室内』『二人の祈り』

 

反対側に国吉作品。

こちらの方がカラフルで、可愛い。

 

『ミスターエース』福武コレクション

ただ、相変わらず、もちっとしてる。ww

 

 

 

ショップは部屋を設けず、展示室を出たすぐの通路にあるだけ。

で、今回の美術展のお路地なるグッズもあまりなかった。

このトートとかかわいいけど、もうちょっと小さいものが欲しかったな~。

ステッカーとか。

あ、メガネケースとか!ww

 

ポストカードも、一番好きな作品のものはなかったし。

 

 

いつも思うけど、美術展のグッズ作成にかかわらせて欲しい。

ポストカードにする作品選びだけでも良いから。

「え~、あれないやん!」

「なんで、これなん?」

って思うこと多数。

というか、毎回。

まぁ、文句言いながらも、何かしら買うんやけどね。ww

 

 

フジタ作品、これからも日本各地で目にする機会もあると思うけど、これだけの作品を一気に観れたのは良かった☆