2026年2月20日(金曜日)~3月1日(日曜日)⇒3月3日(火曜日)
ノルウェー&オランダ旅
3月1日(日曜日)@10日目
デン・ハーグの街を散策して。マウリッツハイス美術館へ。
さぁ、いよいよ、マウリッツハイス美術館の館内へ!
もっと人がわさわさしてるかなぁ?とか、オープン前に行列できてるかなぁ?とか思ってたけど、人っ子一人いない。
え?今日、開いてるよね?と心配になるくらいに、誰もいない。ww
「マウリッツハイス美術館」
マウリッツハウスの建物は、17世紀半ば、ヤーコプ・ファン・カンペンの設計で建てられたもので、オランダ古典様式建築の代表作とされる。
館名はここに住んだナッサウ=ジーゲン侯ヨハン・マウリッツ(1604年 - 1679年)にちなむ。
ヨハン・マウリッツは、代々オランダ総督を務めてのちに王家となったオラニエ=ナッサウ家の傍系で、当時植民地であったオランダ領ブラジルの総督を務めた人物である。
1704年の火災で内装を焼失したが、外観はほぼ建設当時の面影を残しているといわれる。
コレクションはオランダ総督ウィレム5世と、その子のオランダ初代国王ウィレム1世の収集が中核となっている。
王立美術館として開館したのはウィレム1世の時代、1822年である。
美術館の規模はさほど大きくないが、オランダ絵画をはじめ珠玉の名品を収蔵することで知られる。
中でも世界に三十数点しかないフェルメールの作品のうち3点がここにあることが注目される。
入口から地下へ。
マウリッツハイスの断面図。
地階が入口で、そこにチケットカウンター等がある。
展示室入口前にいたスタッフに、予約時間にまだなってないけど入れる?って聞いたらば、勿論!今、団体が入ろうとしてるからそれより先に入りなよ、って言ってくれた。
カウンターにリュックを預けて、身軽になって速足で展示室へ。
(展示室は1階と2階)
一押しの彼女は、ルーブルのモナ・リザと同じく案内図が出てる。
それを横目に階段を速足で上がる。
で、作品のある展示室の事前リサーチもしてなくて、1階(日本の2階)なのか2階(日本の3階)なのか、分からず、1階の階段を上がったところにいたスタッフに、
「Where is......」と言ったら、
「The girl??」と返ってきた。(笑)
上階のルーム15だよ!って笑顔で言われて、さらに階段を上がる。
さぁ、いよいよご対面!
ちょうど良い広さの展示室。
落ち着いた色の壁紙。
まだ少ない観覧者が注目する作品。
『真珠の耳飾りの少女』(Girl with a Pearl Earring)
しばし、息をつめて彼女との対面を堪能。
すごい目が合う。。。。
見つめてるつもりが、見つめられてる。
表面にはひび割れが勿論あるのに、このみずみずしさは何?
瞳も、唇も、今にも動き出しそう。
唇、プルプル。。。。
『真珠の耳飾りの少女』(Girl with a Pearl Earring)は、オランダの画家ヨハネス・フェルメールの絵画であり、彼の代表作の一つ。
『青いターバンの少女』・『ターバンを巻いた少女』とも呼ばれ、オランダのデン・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵する。
口元にかすかな笑みを湛えるかのようにも見えるところから「北のモナ・リザ」「オランダのモナ・リザ」とも称される。
制作されたのは、1665もしくは1666年と推定されている。
フェルメールが33歳から34歳のころで、画家として安定した技量を発揮しつつあった時期であるが、異論がないわけではない。
この少女のモデルをフェルメールの娘マーリアであるとして1670年代とする意見もあるが、1670年代の彼の技法はこの絵と明らかに異なっているため、可能性は低い。
ただし、本作の構図はきわめて単純で、少女の上半身が描かれているだけで他に年代を推定できるような物品や背景がなく、後で述べるように少女の特徴であるターバンもまったくの異国の風俗で、オランダ社会のファッションの移ろいとは無縁であるなど、時代から隔絶した趣が強く、1665年または1666年という数字もあくまで推測の域を出ない。
この絵画には「IVMeer」という署名があるが、日付はない。
注文を受けて描かれたのか、そうであれば誰から注文を受けたのかということも不明である。
その後、フェルメールは1675年に43歳で破産同然で死去したため、残された作品も競売にかけられるなどして散逸した。
『真珠の耳飾りの少女』も、他の絵とともに1696年に競売された目録が残っている。
その後、1881年まで所有者は転々としたが、フェルメールの希少な作品が海外に流れるのを防ごうとしてきたヴィクトール・ド・ステュエールの説得に応じたデ・トンブは、1881年にハーグのオークションにてわずか2ギルダー30セント(およそ1万円)でこの絵を購入した。
当時この絵はきわめて汚れており、そうした低評価もやむを得なかった。
デ・トンブには相続人がいなかったため、この絵を他の絵画と一緒にマウリッツハイス美術館に寄贈し、以後ここに所蔵されている。
マウリッツハイス美術館に収蔵されて以来、世界各地の展示会で展示されてきたが、2014年にマウリッツハイス美術館はこの作品を美術館の外に一切出さないという決定を下した。
美術館による宣伝効果もあり、CNNの調査によれば本作品は世界で有名な絵画の一つとなっている。
1882年には補修が行われ、1960年、1994年から96年にも補修されたが、1994年から2年間の修復は入念かつ徹底的に実施され、その結果、絵はフェルメールによって描かれた当時の状況に非常に近いものとなっている。
現在取り引きされるなら、その価格は100億円とも150億円とも言われる。
ここに描かれている少女が誰かは興味深い問題で、さまざまな説がある。
先述されたマーリアとする意見もあるほか、彼の妻、恋人、あるいは作者のまったくの創作などとも言われるが、フェルメールの家族や知人の肖像画はなく、伝記の類も残っていないため真相は不明である。
(Wikipediaより)
赤字部分に注目!
やっぱり門外不出のはずの作品。
だけども、オランダと日本の友好な関係性のおかげで、マウリッツハイスが改修工事をする間@今年の夏、大阪にやってくる!
そして、チケット抽選も当たった!!
彼女に纏わるネタ
- 1994年の補修時に、唇の端と中央部も白いハイライトがあることも明らかになった。
- タイトルに「真珠」とあるものの、真珠にしては大きすぎるので、真珠ではない説もある。(じゃあ、何??ww)
- ターバンの青はラピスラズリから作った非常に高価な絵の具を使用している。
- グイド・レーニによって描かれたと伝えられる『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』のオマージュである可能性も指摘されている。
念願の対面が果たせて至福の時間を過ごせました。
あぁ、幸せ☆
ちょうど、日本人の団体ツアーの皆さんと同じ時間帯での鑑賞になったので、安心して「撮影お願いします」と日本語でお願いできた。
(いや、日本人じゃなくてもお願いするけど、日本人だとより安心)
マウリッツハイスには、真珠の耳飾りの少女の他にも2つのフェルメール作品が所蔵されてる。
『ディアナとニンフたち』
現存するフェルメールの絵画としては最初期の作品ではないかとされている1枚。
その名の通り、女神ディアナやニンフを描いているけれど、同じモチーフの他の絵画作品とはかなり趣が異なっている。
ニンフが当時のオランダで着用されていた衣服を身にまとっているので、ニンフっぽくない。
女神ディアナも、神話でよく知られているドラマティックなエピソードを描いているのではない。
『デルフトの眺望』
フェルメールの作品はほとんどが女性、または男女を主役にした風俗画で、風景画は2点だけ。
そのどちらもデルフトの町並みで、こちらはそのうちの1枚。
フェルメールは生涯をデルフトで過ごし、この作品は、デルフトの南に位置する井スヒー川の対岸から眺めた情景。
ただ、フェルメールは実際の配置より画面構成を優先しているので、この作品の描写は正しいものではないそうな。
左奥に高くそびえる黄白色の塔は、フェルメールが洗礼を受けた新教会で、左手の2本の塔のうち左側に尖塔の先だけ顔をのぞかせているのが、フェルメールの埋葬された旧教会。
こちらはロッテルダム門。





















