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日々の戯言
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2025年4月24日(木)~5月4日(日)

パリ&バルセロナ旅

 

4月30日(水曜日)@7日目

 
ドゥノン翼1階(2階)は、有名作品の宝庫!!

 

 

ここにはダヴィンチ作品が並んでます。

今回のアート旅は、モネの作品に浸ることがメインだけれども、私はダヴィンチ作品もめちゃくちゃ楽しみにしてた!

12月に来た時は時間もなくてモナ・リザだけしか観れなかったからな~~~。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年4月15日 - 1519年5月2日)は、フィレンツェ共和国(現在のイタリア)のルネサンス期を代表する芸術家。

フルネームは、レオナルド・ディ・セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ(Leonardo di ser Piero da Vinci)。

しばしば「ダ・ヴィンチ」と称されることがあるが、これは固有の姓というより「ヴィンチ村出身」を意味している。

レオナルドは多才な人物だったが、存命中から現在にいたるまで、画家としての名声が高い。

特に、彼の絵画作品の『モナ=リザ』と、『最後の晩餐』に知名度の点で比肩しうる絵画作品はほとんどないだろう。

また、ドローイングの『ウィトルウィウス的人体図』も文化的アイコンと見なされており、イタリアの1ユーロ硬貨、教科書、Tシャツなど様々な製品に用いられている。

現存するレオナルドの絵画作品は15点程度と言われており多くはないが、これはレオナルドが完全主義者で何度も自身の作品を破棄したこと、新たな技法の実験に時間をかけていたこと、一つの作品を完成させるまでに長年にわたって何度も手を加える習慣があったことなどによる。

レオナルドは科学的創造力の面でも秀でていた。

ヘリコプターや戦車の概念化、太陽エネルギーや計算機の理論、二重船殻構造の研究、さらには初歩のプレートテクトニクス理論も理解していた。

レオナルドが構想、設計したこれらの科学技術のうち、レオナルドの存命中に実行に移されたものは僅かだったが、自動糸巻器、針金の強度検査器といった小規模なアイディアは実用化され、製造業の黎明期をもたらした。

また、解剖学、土木工学、光学、流体力学の分野でも発見をしていたが、レオナルドがこれらの発見を公表しなかったために、後世の科学技術の発展に直接の影響を与えることはなかった。

しかしこれはレオナルドが書き残した膨大な手記が、遺産相続した人々が著名人の手記として価値あるものとして手元に保管したので、長らく世間に公開されなかったのが原因であると現在では解されている。

(Wikipediaより)

 

 

まさに天才!

ルーヴル所蔵のレオナルド・ダ・ヴィンチ作品、一気にいきます!

 

 

『洗礼者聖ヨハネ』

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イエス・キリストに洗礼を行った洗礼者ヨハネを描いた作品で、芸術家の最高傑作『モナ・リザ』や『聖アンナと聖母子』とともにダ・ヴィンチが最後まで手元に残し続けた作品の1つとして知られる。

絵画の制作が開始されたのは一説によると1508年ないし1509年で、一般的には1513年から1516年の間に完成した可能性が高いとされており、ダ・ヴィンチの最後の絵画と考えられている。

本作品はキアロスクーロを使用して洗礼者ヨハネの姿を孤立させて描いており、その姿は暗い背景から浮かび上がっているように見える。

聖人は毛皮に身を包み、長い巻き毛を持ち、『モナ・リザ』を彷彿とさせる謎めいた笑顔で笑っている。

彼は左手に葦の十字架を持ち、右手は天国を指している。

 

この作品、12月の弾丸訪問の時は、リシュリュー翼のフェルメールと同じ並びにいた、と記憶してたけど、ここにあった。

この存在感と視線に思わずガン見したからけっこう記憶に残ってるんだけど、そんなに頻繁に展示替えしないだろうし、私の勘違いかな。。。

 

 

『聖アンナと聖母子』

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1508年ごろに描かれた作品。

聖母マリアと幼児キリスト、そしてマリアの母聖アンナが油彩で描かれた板絵。

自身が将来遭遇する受難の象徴である生贄の子羊をしっかりと手でつかむキリストと、それをたしなめようとしているマリアの姿が描かれている。

レオナルドは1498年に、この三人を一つの作品に描くための習作ともいえる、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する、『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』を描いている。

もともとこの作品はフィレンツェの教会サンティッシマ・アンヌンツィアータ の祭壇画として制作依頼されたものだったが、レオナルドはこの絵画に加筆を続けて終生手放すことはなく、その結果未完の作品であるともいわれている。

 

宗教画は好きではないけど、ダヴィンチの作品は綺麗で好き。

 

『ラ・ベル・フェロニエール』

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かつて日本では『ミラノの貴婦人の肖像』と呼ばれた。

「ラ・ベル・フェロニエール」は「美しき金物商」の意であり、17世紀初めにはこの作品に描かれている女性が金物商の妻あるいは娘だと考えられていたことによる。

また、フランス王フランソワ1世の有名な愛人であるル・フェロン も婉曲的に「ベル・フェロニエール 」と呼ばれていた。

この作品に描かれている女性が誰なのかは分かっていない。

ロンドンのナショナル・ギャラリーが2011年に開催した「レオナルド・ダ・ヴィンチ - ミラノ宮廷画家」のカタログでは、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの公妃ベアトリーチェ・デステではないかとしている。

他に、ルドヴィーコ・スフォルツァの愛人ルクレツィア・クリヴェッリがモデルだという説もある。

 

 

『岩窟の聖母』

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ほぼ同じ構図、構成で描かれた2点の作品があり、最初に描かれたといわれるヴァージョンはパリのルーヴル美術館(以下「ルーヴル・ヴァージョン」)が、後に描かれたといわれるヴァージョンはロンドンのナショナル・ギャラリー(以下「ロンドン・ヴァージョン」)が、それぞれ所蔵している。

両ヴァージョンともに高さが約 2 m という大きな作品であり、油彩で描かれている。

もともとはどちらも板に描かれていた板絵だったが、ルーヴル・ヴァージョンは後にキャンバスへ移植された。

どちらの『岩窟の聖母』にも、聖母マリアと幼児キリスト、そして幼い洗礼者ヨハネと天使が岩窟を背景として描かれている。

二つのヴァージョンの構成における重要な相違点として、画面右の天使の視線の向きと右手の位置が挙げられる。

その他の細かな相違点には、色使い、明るさ、植物、スフマートと呼ばれるぼかし技法の使い方などがある。

関係する制作依頼年度は記録に残ってはいるものの、その他の来歴はほとんど伝わっておらず、どちらのヴァージョンが先に描かれたのかについても未だに議論となっている。

祭壇画たる『岩窟の聖母』の両横に飾るための絵画も同時に発注されており、楽器を奏でる天使を描いた2点の作品をレオナルドの協業者が制作した。

現在この2点の作品はナショナル・ギャラリーに所蔵されている。

 

ナショナルギャラリーで観てるはずだけども、今ほどがっつり準備して観に行ってないから、ゴッホのひまわりはじめ、フェルメールや他の大作たちをさらーっとしか見れてないなぁ。

あの頃からちゃんと備忘録つけておくべきだった。。。

 

ヨハネと同じポーズで記念撮影。

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おまけ。

『バッカス』

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ダヴィンチの素描に基づいて、おそらくダヴィンチ工房にて描かれた作品。

ヨハネの隣に並んでました。

 

 

そしてそして!

あの美女との5カ月ぶりの再会!

 

いよいよですよ~~~~!

ドゥノン翼2階、711展示室。

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12月に来た時には、こんなに混雑してなかったけど・・・。

さすがに多い!

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でも、ぎゅうぎゅうで全く近づけない!ってほどでもない。

ので、後ろに並んで、徐々に前に進んで行って・・・。

ご対面~~~!!!

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今回はダヴィンチじぃさんとの2ショットも撮影♪

勿論、フォーカスはダビンチじぃさん!ww

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列を抜けて振り返ると、この状態。

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でも、皆、写真を撮ったらすぐにれつ列を抜けてくれるので、進みは早い。

列はスタッフが前のロプを外して、横に抜けれるようにしてくれる。

なので、前の人が後ろに動いて大混雑!ってことにもならない。

 

モナ=リザの微笑みを観るのは、混雑の中に挑む気持ちが必要だけど、そこまでひどいものでもない。

ってことで、また会いに行きたい!