「人を感動させる話は、すでに聞き飽きてしまった。」と友達が言ったのを聞いて、心配でいてもたってもいられなくなった。
その言葉の説明を、わたしは焦る気持ちで待っていたが、友達は大したことではないかのような世間話を話すかのような平気な顔をしてすぐに四方山話に花を咲かせていた。
友達の楽しい様子をみて「あ~なんでもないんだ、よかった。」と、わたしは胸をなでおろした。と同時に、どうして人は何気ない言葉がきっかけでいろいろ悩んだり喜んだり考えをめぐらしたりするのだろうとこの時思った。そして、人はどうして悩んだりするのだろうと自分に問いかけた。
一つは、自分から進んで物事に関わりあっていくことから生まれる悩み。もう一つは、自分で物事を考えすぎてそれが悩みになって広がっていく。
例えば、友達が言ったことを“受け入れて”から、無数の推測、心配、どうやって手伝ってあげたらいいのか、どうやって慰めてあげたらいいのか、しなければならないことは何か、してはならないことは何か…無数の声、影像、考え、情緒などが、どんどん頭に浮かんできて、それが絶えず“拡大”されてきて、頭がそれらで占められてしまう。これが“悩み”というものだろう。
それは穏やかな池に石が投げられて、それによって水の波紋が広がるような感じだ。
以上が私の悩みについて考えだ。皆さんは悩みに対してどうお考えですか。