車で川底(かわぞこ)のそばを通たびに、私はいつも、どうしても見返さずにはいられない。なぜかといえば、突然の驟雨により、水の枯れた川底が一瞬で、ぐんぐん増水きて激流になっていたが、豪雨がやむとあっという間に、水も退いていて、礫石だらけの乾涸びた川底が露出してきた。こういうような、劇的な瞬間変化をしたが、すぐ原状に戻ることでもできるというものを見ることが私は大好きだから。

 幼い頃の記憶の中には幅2m、深さ1mくらいの水路があり、雨が降らなければ、枯れた川となっていたので、「空の川」と私はこの水路に名前をつけた。時にこれも私の秘密基地の一つとなった。

真夏の暑い日、午後になると、にわかに暗くなり、夕立がすぐやってきて急に土砂降りの大雨がザアザアと降ってきた。この雨音を聞くと、昼寝をした私はすぐ目を見張ってベッドから飛び降りて、ま昼寝をしていた親をごまかしてこっそりと家を走り出て、近くの丘の上に向かって飛ぶように走っていき、頂上から、泥濁りの水が出陣太鼓が鳴る音のようなゴウゴウと千軍万馬の勢いで流れていく「空の川」の様子を俯瞰しながら、自分もいつか観世音菩薩が竜に乗るように、この黄色の水竜に乗って、川の果てが何処までか見てみたい、と夢を膨らませずにはおれなかった。

暫くして、雨もやんで、水も退いていて、一気に山のてっぺんから川まで突き進んでいて、川岸を踏み板として、傘を広げて差して、身を躍らして水がない川底に飛び込んでしまうこと。これが私は一番好きな遊戯だった。

 ある夏の台風の日のことだった。台風の暴雨域に入ると、「空の川」は水が満々になっていると思っていたので、嬉しくてワクワクして眠れない一夜が明け、期待を胸一杯に抱きながら、黄色の水竜を見に「空の川」へ足を運んだ。水竜に迫るほど水竜の吼える声が大きくなっていくはずなのに、なぜひっそりとして物音一つしないのかと疑問を抱きながら足取りを加速させていった。しかし、「空の川」を見ると、目の前の光景に圧倒されてしまった。慌てて父のところへ「台風通過後、あの水路は川になっているはずだが、なぜ溝になってしましたか。」と聞きに走っていた。父は、「この水道は最小の支流の末流だよ。新工場を建設するために、主流から切断された上に埋められてしまったので、台風でも川になることはできない。」と教えてくれた。

 この答えを聞いてわたしは死ぬほどつらく切ない気持ちになった。力が抜けたような、足がふらついて前進が困難になりながら丘の上に向かって歩いていた。頂上に立って、足元にある石を拾い上げて川が切断する元凶の新工事の方へ鬱憤を晴らすように、力を尽くして石を絶えず投げていた。悲しいこときまわりない憤怒の思い出だと思う。

近頃、あることが石を投げたいほど私を怒らせてしまった。知り合いが地方政府の観光客誘致計画に協力するため、複合型リゾートを開発するつもりで、私を連れて山にあるリゾートの予定地を見に行き、途中に目に入ったのはとても長くて多いプラスチック製の管が入り組んで外で露出してしまっている様子だった。知り合いにあれらの管は何ですかと聞いた。「水道管」と答えた。「何のためのですか。」と聞き返した。「民宿業者が水を引くためのです。」と答えた。

私は早速、目を水道管に従って民宿を探し「あ!」ショック受けて、思わず声が出た。

山は虫のような民宿業者にあちこち齧られてしまっている。私は、民宿に反対するわけではないだが、自然の自己回復力を超えた過度の開発に反対しているのだ。驚くのはこれだけではなく、人が山でカラオケまでも大声で歌っていたし、地方政府も、山登りを楽しむ人をために、音響設備を設けて音楽を流してしまっていた。

わたしは今日自然の中で本来の自分を解放したいので、それで山に来たじゃないのか。自然の中で心身共にゆったりとした安らぎの時間が欲しいので、それで日常を離れて山に来たじゃないのか。日常のストレスをほぐすために、それですべての文明のものを暫く忘れて、山に来たじゃないのか。

 これらを見ると、記憶の奥から嫌な思い出がこみ上げてきてしまった。胸に悲しく怒りの複雑な気持ちが溢れてしまった。

 記憶にあった私だけの「空の川」はもうなくなってしまったので、もう二度と戻れない。目の前の綺麗な山も少しずつ死んでいく、たぶん二度と戻れないだろうと思うと、心が痛くなってきた。