さて、自分の「恥ずかしい」とか、「情けない」、とか思うことを話すのが苦手、ということに気が付き、それは自分の中に最大の批判者がいるから、という話でした。
色々な不安障害や症状がありますが、不安を感じたりして、その感情が、「間違ったものである」ことは分かっているけど、そう感じられないことが問題、と思ったことがある人はたくさんいると思います。
緊張しなくても大丈夫だと分かっているけど、緊張してしまう。
不安に感じる必要がないってことは分かっているけど、不安はなくならない。
カウンセリングなどで私が知ったことの一つに、「プレゼントしている時、聞いている人の、1/3は内容にかかわらず好感度を持つ。1/3はプレゼンの内容によって、好き嫌いを決める。そして最後の1/3はどんなにプレゼンが良くても批判的な印象を持つ。」という研究結果があります。
そして、プレゼンを聞きに来る大半の人が、プレゼンが成功するように、と温かな気持ちで見守っている、ということも研究で分かっているそうです。
でも、どんなにこのような研究結果を教えてもらっても、頭では「そうなのか」、と分かっても、心は安心した心持にはならないわけです。
これって、結局頭では、皆そんなにあなたのことを批判的な目では見ていないんだよ、ということを分かっていても、心ではそんな風には感じられない、ということが結局は問題なんですよね。
精神的な障害には、こんなふうに、頭では分かっているけど、でもそう思えない、とかそう感じられない、というケースがほとんどかな、と思います。
例えば、統合失調症の人が、「幻聴や妄想です」、と頭で考えることはできても、でも心ではそう思えない、とか、強迫性障害の人が、「汚くないよ」、と頭では分かっていても、そう感じられない、とか、不安障害者が、「最悪の状態になっても大抵は大丈夫」、と分かっていても、不安が拭えない、とかね。
なんとなく頭では分かっている。不安になる必要はないことは分かってる。でも、そう感じられない。という状態。
この前、不安障害の治療方法で、興味のあるトップ3の一つに分子栄養学があると書きましたが、もう一つ興味があるのは、ECTです。
ECTは脳の電気ショック療法みたいなものですが、鬱病の治療で特に効果を見せています。
重症の鬱病の患者さんの脳は、すごく低活動になっている場合があり、長年うつ病を患っている患者さんだと、脳の萎縮が見られたりするそうです。
電気ショック療法は、いわゆるバッテリーの上がってしまった車をジャンプスタートさせるようなものだ、と個人的には考えて居ます。
残念ながら、ECTの不安障害への応用に関する研究は全然進んでません。
が、前頭葉へのECTが有効である、としているものを見かけたことがあります。というのも、前頭葉は人間の思考や意思といった機能を司っているわけですが、不安障害の人は、「現実を湾曲してとらえてしまう」、ところがあるからだそうです。
つまり、批判されていなくても、批判されていると思ってしまう。そんなに自意識過剰にならなくてもいいのに、他人に見られていると思ってしまう。現実と自分の中の認識に差があるわけです。
瞑想による不安障害の症状の緩和も良く知られていますが、いろいろなメカニズムがあると思います。
例えば、毎日瞑想することで、過剰反応を起こしている扁桃体が落ち着きやすくなり、不安が少なくなってくる、とかね。
もう一つには、瞑想により、前頭葉が活発になることと、灰白質が増えることで、「現実を湾曲してとらえてしまう」、ことが少なくなって、脳が暴走しずらくなる、ということじゃないかな、と思います。
定期的な運動も、同じように、前頭葉を活発化させることによって、脳の暴走を落ち着かせて、不安が緩和されるのかな、と思います。
さて、色々なことを書きましたが、詰まるところ何が言いたかったのか、というと、自分の不安にさせているのは、現実と自分の認識に差があるからで、自分の中の自分を批判する声がさらにそれを悪化させている、ということに気が付いた。ということと、そして、それを無くすためには、前頭葉が活発化して、灰白質が増えることで、緩和されてくるのではないか、ということです。
つまり、自分の中に自分を批判する声があることに気が付いても、それがすぐになくなるわけではないけど、何度も、何度も自分を批判する声を上書きする努力をすれば、少しは批判が少なくなるのかも、ということです。
以前、認知行動療法を受けたことがありましたが、その時は、あまり効かない、と思いました。
でも、認知行動療法も、結局は現実と認識の差を無くそう、というアプローチなわけです。
すぐには効果は出ないけれども、何度も何度も繰り返し繰り返し自分に言い聞かせたりすることで、不安が少なくなったり、周りの目はそんなに批判的じゃないんだよ、って感じられるようになるのかな、という気がします。
さて、長いブログになりましたが、自分の覚書のためにも書いてみました・・・。