娘11歳、小6。1年前に男子の友達から「9人になれば自分たち(の学年)だけで試合に出れる!頼む!(から入部してくれ)」と言われ、半ば皆を救うつもりで入った野球チーム。

 

前にやっていた女子サッカーでは「寒いから。」という理由ですんなり辞めた彼女、野球はもう1年以上も続いている。楽しいらしい。

 

紅一点。成長期。ケツがだんだんと重たくなっていく時期でもある。それでも男子たちに負けまいと、一生懸命練習に励んでいる。一年前に比べると、捕れるようになったし打てるようにもなった。

 

自分の目標は「今年中に二塁打を打つこと」。まだヒットを打って二塁まで進んだことは無い。

 

チームの目標は「みんなを優勝させること」。

そして3月、シーズン開始。先週は自チームの監督が一番気合を入れていた大会、そのベスト8に残れるかどうかの試合だった。

 

相手は強豪。私は勝てると信じていたが・・・、結果は1対4で負けてしまった・・・。

 

スポーツには必ず「勝ち」と「負け」がある。

 

監督は相当に落ち込み、「土下座でも何でもするから、もう一回やりたい」という。他のコーチも同じように言っていた。私は、

 

へ?なぜ?

 

以前に「負け試合」という記事を書いた。その時は『自分の敵は自分である』ことを述べている。

 

勝ち負けはあくまで結果であり、大事なのはその経過。どんなに負けても、自分たちが精一杯の力を出し切ったのであれば、私は自分に勝ち、新たな目標を見据える、次のステップに進んだという大きな収穫があると思う。

 

監督たちがなぜ、「土下座してでももう一回やりたい」と言っているか、その理由は判っている。上部大会と言って、ベスト8に残ったチームには、他の大会にも出れる権利を与えられるからで、それが一気に全部なくなり、6月まで何の試合もなくなった、その虚無感から来るものであろう。それは選手のための虚無感では無い、あくまで自分の自己満足が満たされなかったことによるもの。

 

別にいいじゃない。負けは負け。試合そのものはみんな良くやれてたし、精一杯の力を出していたと思う。

 

もう一回言う。勝ち負けは結果。コントロール出来るものではない。でも、精一杯臨んだかそうでないか、ということは、自分でコントロール出来たこと。

 

しばらく試合が無くなり、それまでやいのやいの言われていたコーチたちがしょげて静かになっているのを見て、喜んでいる選手もいる。しばらく怒鳴り散らされることなく練習できるから。

 

高望みをしていたコーチたちへの罰当たりでもあるであろう。

 

今、ここ」。今ここで起きていることに、どれだけ集中できるのか、どれだけ自分の力を発揮できるのか、それが最も大事であり、結果は後からついてくるものであると、今回の負け試合とそれにしょげている指導者、何にも痛いとも痒いとも思っていない選手を見て、つくづく思う。

 

コーチはCoach、「荷車」であるのは変わらない。彼らを乗せて、彼らの目的地まで運んでいける「荷車」であり続けること、これが私たちの使命であり、逆に、これしか出来ないのである。