娘のチームが負けた。14対5。今までの我慢を軸にした自分たちの勝ち方を、真似されたようだった。ひどい負け方だった。

 

遠くまで遠征し、身も、心も、疲れ切って、皆帰りの車の中で寝てしまった。

 

帰ってくると実に生き生きとしている。それを悪いとは私言わない。中には素振りしているものも居たり、キャッチボールをしているものも居る。皆が集まり、反省会が始まったが、私は聞いてみた。

 

「みんな、負けて悔しい?」

 

皆悔しいと言う。そりゃそうだ。先日の決勝戦で完封勝ちをし、優勝旗を持って帰ってきたチームだ。どこぞの馬の骨とも解らんチームに負けるのは、それは悔しいだろう。

 

悔しいと思う心、これは大変大事であると思う。いや、悔しいと思わないチームは、絶対に試合に、自分に、勝つことは出来ない。

 

私は続けた。

 

「みんな、一人一人、今日の試合で自分が出来なかったことを悔しいと思っていると思う。負けたことは負けたこと、もう過去のことであって変えることは出来ない。

 

でも、その負けたことから自分が学んで、次の試合で勝つことは出来るかもしれない。

 

今日出来なかったこと、それは自分の次の敵だ。その敵に勝つように、自分たちで小さな目標を立てて練習に臨んでみなさい。」

 

子どもなので、ボヤっとした、抽象的な目標をみんな持っている。

 

「プロ野球選手になりたい」

 

でも、その目標を成し遂げるためには、また、その目標を本当の自分の目標として実感出来るには、小さな階段をたくさん登っていかないとならない。

 

大人であれば多くな目標を成就することもできるであろうが、子どもにはそこに行くつく方法が解らない。週末の早起きやつらい練習でそれを実感できることはほぼ無いであろう。

 

でもそれは、小さな階段を上っている過程であるということを解らせてあげたい。

 

それを解らせる、解ってもらえる、「あなたの目の前にある、小さな階段を上ることが頂上にたどり着く一番の近道だよ」ということを実感してもらう、それが出来る人が、指導者であろうと思う。