前回、アップルやアマゾンで始まった定額音楽配信サービスの事を書きました。
その後数か月経過した訳ですが、自分の音楽に対する考え方を変えないとならない時期に来たのかな~と思っています。
私が音楽に慣れ親しんで育った頃、今から40年くらい前ですが、音楽はすべてラジオかレコードからでした。
ラジオで流れる音楽やレコードは、カセットテープに録音してラジカセやウォークマンで聴いていました。
ラジオからの音楽はDJの声で制されたり、声がかぶったりすることが多かったので、レコードから録音出来る音楽が大変珍重されました
「何のレコードを持っているか?」
「何枚持っているか?」
所有することそのものが、その人の音楽性と音楽に対する入れ込み具合を知る基準でした。もちろんレコードレンタル屋さんはありましたが、カセットテープに録音することしか出来なかったのです。
※ すごい言葉が飛び交っていますが、理解出来ますでしょうか?不明な用語は辞書引いてください。ちなみに、カセットテープは1本の細い磁気テープですので、繰り返し聴くと伸びきって音楽が遅くなったものです。そのために、レコードをカセットテープに録音するときは、わざと2つ落としたりしていたものです。
1990年ごろからCDが登場しました。レコードレンタル屋がCDレンタル屋に変わりました。大きさが格段に変わることで、小さなお店でも多数の音楽を置くことが出来るようになりました。CDはカセットテープに録音出来ず(違法コピーとみなされました)、しかも、当時は1枚3000円くらいもする、大変な貴重品でした。
音楽ファンは悩みました。今までですと、レコードを借りてカセットテープに録音出来ていたものがいきなり出来なくなってしまいました。MDというカセットテープに代わる記録メディアが出来たのもこの頃で、ウォークマンもCDウォークマンという武骨な大きさのものが出てきたり、MDウォークマンなるものまで登場しました。CDはMDへは録音出来ましたが、コピープロテクションがかかっており、2世代[CD→(1世代)→MD→(2世代)→MD]のコピーを出来ないようにもしてありました。
そこで登場してきたのが、MP3というファイルの規格です。これを使うと、CDの音楽をファイルにすることが出来、そのファイルをウォークマンのようなものに入れれば、音楽が聴けるのです。MP3プレイヤーの登場です。MP3へのリップ(rip = 引っぺがすこと = CDの音楽をMP3にファイル化すること)が出来るソフトウェアも限られており、しかも当時は30ドルくらいで購入しないとなりませんでした。今は全く聞かなくなったRealPlayerが栄華を誇ったのもこの頃です。
私はRioというブランドのMP3プレイヤーを好んで使っていました。MP3ファイルは、128Kbpsという一般的な音質で1ファイル約3MBです。当時のMP3プレイヤーの容量は、何と、たったの64MB。10曲程度(アルバム1枚分)しかコピーできないのですが、それでもCDウォークマンのような巨大なものを持って回るよりもずっとコンパクトでした。大きさでいうと、手のひらにちょうど収まるくらいです。
そして、このあたりから、アップルコンピュータ(当時)が「iPod」という機器を投入し、MP3という、ファイルコピーを許している規格への抵抗を始めました。当時のiPodは、今見るとたいへん武骨であるのは変わりませんが、5GBという夢のような容量に、飛びついた音楽ファンも多かったんです。(私はRio亡きあと、iRiverに変えたり、iPodへの抵抗を続けていました。経験上、マッキントッシュ(アップルが売っていたパーソナルPC)が大嫌いだったからです。)
それでも、やはり、「持っている」ことへの価値は変わりませんでした。インターネット上で音楽は買えるようになっていましたが、基本は「ダウンロード」だったからです。iTunesは、今でもこのあたりの見解は変わっていないと思います。
昔話が長くなってしまいましたが、最近の、特に、Google Play Musicは、この概念を大きく変えてしまったように思います。
手元に音楽を置いている必要は全くなく、すべてクラウド上に保管できます。もし新しい曲が欲しかったらGoogleから購入して、それはそのクラウド上に保管されます。「手元に置いておくことの価値」「所有していることの価値」が全く無くなってしまいました。
クラウド上で自分のコレクションを作り、自分で聴くも人に聴かせるのも、すべてサーバー経由。私が手元に持っている何十枚というCDは、すべてMP3にリップしてサーバーに上げれば、CDは何の価値もなくなってしまうのです。
虚しいやら、なんとやら・・・。
ただその曲を持っていることで、その人なりの音楽に変わってくれるのか、と言ったら、別にそれはありません。その曲はその曲、すべての人に同じです。それを聞いて何を感じるかが変わるだけで、その情報は個人が所有していれば済むことです。
前回のブログでApple Musicが使いいい、というお話を差し上げましたが、今の私は、iTunes(Apple Mucis)を全く使わなくなってしまいました。アプリケーションをインストールする、という行為がバカバカしくなり、しかも、今までiTunes上にあったファイルは、またもう一回インポートしないとならないという馬鹿らしいことをしないとならないので、今ではPodCastでしか使っていません。
手元のファイルを保管でき、ログインするだけでいつでも復旧できるというGoogle Play Musicを使っています。アマゾンはほぼ眼中にありません。
日経でも最近、定額音楽配信サービスのことが記事になりました。
>>「 進化する定額音楽配信サービスで音楽を再発見しよう」
ご参考までに、皆さんも読んでみてくださいませ。
その後数か月経過した訳ですが、自分の音楽に対する考え方を変えないとならない時期に来たのかな~と思っています。
私が音楽に慣れ親しんで育った頃、今から40年くらい前ですが、音楽はすべてラジオかレコードからでした。ラジオで流れる音楽やレコードは、カセットテープに録音してラジカセやウォークマンで聴いていました。
ラジオからの音楽はDJの声で制されたり、声がかぶったりすることが多かったので、レコードから録音出来る音楽が大変珍重されました
「何のレコードを持っているか?」
「何枚持っているか?」
所有することそのものが、その人の音楽性と音楽に対する入れ込み具合を知る基準でした。もちろんレコードレンタル屋さんはありましたが、カセットテープに録音することしか出来なかったのです。
※ すごい言葉が飛び交っていますが、理解出来ますでしょうか?不明な用語は辞書引いてください。ちなみに、カセットテープは1本の細い磁気テープですので、繰り返し聴くと伸びきって音楽が遅くなったものです。そのために、レコードをカセットテープに録音するときは、わざと2つ落としたりしていたものです。
1990年ごろからCDが登場しました。レコードレンタル屋がCDレンタル屋に変わりました。大きさが格段に変わることで、小さなお店でも多数の音楽を置くことが出来るようになりました。CDはカセットテープに録音出来ず(違法コピーとみなされました)、しかも、当時は1枚3000円くらいもする、大変な貴重品でした。
音楽ファンは悩みました。今までですと、レコードを借りてカセットテープに録音出来ていたものがいきなり出来なくなってしまいました。MDというカセットテープに代わる記録メディアが出来たのもこの頃で、ウォークマンもCDウォークマンという武骨な大きさのものが出てきたり、MDウォークマンなるものまで登場しました。CDはMDへは録音出来ましたが、コピープロテクションがかかっており、2世代[CD→(1世代)→MD→(2世代)→MD]のコピーを出来ないようにもしてありました。そこで登場してきたのが、MP3というファイルの規格です。これを使うと、CDの音楽をファイルにすることが出来、そのファイルをウォークマンのようなものに入れれば、音楽が聴けるのです。MP3プレイヤーの登場です。MP3へのリップ(rip = 引っぺがすこと = CDの音楽をMP3にファイル化すること)が出来るソフトウェアも限られており、しかも当時は30ドルくらいで購入しないとなりませんでした。今は全く聞かなくなったRealPlayerが栄華を誇ったのもこの頃です。
私はRioというブランドのMP3プレイヤーを好んで使っていました。MP3ファイルは、128Kbpsという一般的な音質で1ファイル約3MBです。当時のMP3プレイヤーの容量は、何と、たったの64MB。10曲程度(アルバム1枚分)しかコピーできないのですが、それでもCDウォークマンのような巨大なものを持って回るよりもずっとコンパクトでした。大きさでいうと、手のひらにちょうど収まるくらいです。
そして、このあたりから、アップルコンピュータ(当時)が「iPod」という機器を投入し、MP3という、ファイルコピーを許している規格への抵抗を始めました。当時のiPodは、今見るとたいへん武骨であるのは変わりませんが、5GBという夢のような容量に、飛びついた音楽ファンも多かったんです。(私はRio亡きあと、iRiverに変えたり、iPodへの抵抗を続けていました。経験上、マッキントッシュ(アップルが売っていたパーソナルPC)が大嫌いだったからです。)それでも、やはり、「持っている」ことへの価値は変わりませんでした。インターネット上で音楽は買えるようになっていましたが、基本は「ダウンロード」だったからです。iTunesは、今でもこのあたりの見解は変わっていないと思います。
昔話が長くなってしまいましたが、最近の、特に、Google Play Musicは、この概念を大きく変えてしまったように思います。
手元に音楽を置いている必要は全くなく、すべてクラウド上に保管できます。もし新しい曲が欲しかったらGoogleから購入して、それはそのクラウド上に保管されます。「手元に置いておくことの価値」「所有していることの価値」が全く無くなってしまいました。
クラウド上で自分のコレクションを作り、自分で聴くも人に聴かせるのも、すべてサーバー経由。私が手元に持っている何十枚というCDは、すべてMP3にリップしてサーバーに上げれば、CDは何の価値もなくなってしまうのです。
虚しいやら、なんとやら・・・。
ただその曲を持っていることで、その人なりの音楽に変わってくれるのか、と言ったら、別にそれはありません。その曲はその曲、すべての人に同じです。それを聞いて何を感じるかが変わるだけで、その情報は個人が所有していれば済むことです。
前回のブログでApple Musicが使いいい、というお話を差し上げましたが、今の私は、iTunes(Apple Mucis)を全く使わなくなってしまいました。アプリケーションをインストールする、という行為がバカバカしくなり、しかも、今までiTunes上にあったファイルは、またもう一回インポートしないとならないという馬鹿らしいことをしないとならないので、今ではPodCastでしか使っていません。
手元のファイルを保管でき、ログインするだけでいつでも復旧できるというGoogle Play Musicを使っています。アマゾンはほぼ眼中にありません。
日経でも最近、定額音楽配信サービスのことが記事になりました。
>>「 進化する定額音楽配信サービスで音楽を再発見しよう」
ご参考までに、皆さんも読んでみてくださいませ。
