facebookの話をしたいと思います。皆さんがfacebookを始めた理由は何ですか?
私が始めた理由ですが、遠方に住んでいる親戚、妻のオーストラリア在住中の古くからの知人へ、家族と娘の近況の報告や娘の成長を見せるために始めています。
いえ、「ました」なのでしょうか、根幹の理由は変わっていませんが、現在は近況報告に加え、このBlogのような、自分の考えを皆さんに知って欲しいという理由でもやっています。経済ニュースを抜粋してコメントを載せたり、皆さんの意見を聞いたりもしています。
世界的な実数としては少ないですが、最近になってfacebookも日本のユーザーにも浸透し始め、たくさんのPost(投稿)見るようになりました。
色々な投稿があります。朝の「おはよう」から始まり、
「今日はどこに来てます(行きます)。」
「お昼はこれでした。まいうー!」
「今日の空です。」
「今から誰々と飲みに行きます。」
「誰と何というお店で。これ、最高に美味しい!」
「電車でこういう広告を見かけました」
「帰る途中に猫に出逢いました。可愛い!」
「おやすみなさーい」
・・・。私は思うんです。知り合い、そうでない、関係無く、友達申請され承認したら、その時点からその方の生活を垣間見ることになります。
「私がそれを知る必要があるのでしょうか?」
ソーシャルメディア(以下、Social)の素晴らしいところは一回あげたPostが、知人などの手によって、どんどん勝手に広がっていく、“口コミ”の効果が大変高いところです。それを企業は狙っていて、皆さんに企業のPostがLikeされShare(共有)されることを望んでいます。
恐ろしい一面として、一度公開したら、
「どこの誰に」
「いつ(期間)まで」
見られてしまうのか、全く見当がつかない、ということです。誰に、自分のPostが取り上げられてしまうか、誰にも見当がつきません。

こういう例があります。
イギリス人の男性が、「今日は健康診断なので」と会社に話し、午後から休みを取りました。その後、彼は知人達との飲み会に参加しています。ところがその中のメンバーがその様子を写真に撮り、facebookへPostしました。
そのfacebook上のPostを見た彼の上司が、翌日から彼をクビにした、というものです。(事実です。)
もちろん写真を撮ってPostをした当人には全くの罪悪感はありません。楽しい様子を写真に撮って、自分の知人に見せただけです。
また最近のアメリカでは、離婚訴訟にfacebookでのPostが裁判の判断材料として使われるようにもなっています。
またプライバシーの問題も理解しておかないとなりません。勝手に人の写真を撮り、それをPostするのは肖像権にかかわる大事故にも繋がるので、注意しないとなりません。
もし日記のような、個人的な体験や別に誰に知られても構わないけど特に気にされる必要もない内容を書きたいのであれば、Blogを使ってSocialへのワンクッション置くことを薦めます。
また日本は単一民族(実はアイヌの方が居られるので違うのですが)、単一言語という、大変な閉塞的な環境にあります。日本語で書いたPostは日本語の解る人、大多数は日本在中の日本人しか解らないので、拡散をある時点で止めることが出来ますが、英語の利用者の場合はどうでしょうか、大変危険な状況にあること間違いありません。
ご自身の配偶者の文句、他の人が興味をあまり示さないプライベートな写真や話題、そういうことを誰とも特定せずPostしていませんでしょうか?何でもオープンにする理由も理解しがたいですが、マスターベーション的な要素が強いなら、私はPostしないほうがいいと思います。
ここまで読んで「ドキッ」とされた方向けに、次回はその設定方法をご説明します。
皆さんもご自身のPostには十分にご注意くださいませ・・・。
