2010年11月の初旬に会議への参加でブルガリアを訪ねました。
会議が行われたのは、ブルガリアの首都ソフィア。私の宿泊先ともなったホテル、ソフィアの街、それと観光で訪れたリラ修道院のお話をしたいと思います。
【ホテル】
ホテルにチェックインしたのは会議の始まる前日、お昼頃。羽田発のパリ行きの便で乗り継いでソフィアに入りましたが、羽田にて機材故障で3時間遅れ、必死に走って何とか乗継したので、ソフィア空港に着いた時は夢心地でした。
チェックインしたのは「シェラトン・ソフィア・バルカン」、ソフィアで最も高級といわれているホテルでした。
大通りに面しており、圧倒されるような外観、街のランドマークになっている聖ネデリャ教会のすぐそばに建っています。
ロビーはこじんまりして少々暗い感じ、エレベータもかなりの旧式で無理矢理乗れて3人が精いっぱい。私はその後階段で移動しましたけど。
お部屋はかなり広め。
写真はホテル提供のツインですが、まさにこの写真通り、ここに私独りで泊れというの・・・(T_T) と思うくらいに広かったです。
窓の向こうでは地下鉄の工事をしており、かなり見苦しい外観でしたが、うるさくて起こされたり眠れなかったり、ということはありませんでした。
朝食はロビーそばのレストランにて。ブルガリアだからヨーグルトが出るんだろう、と思いきや、ヨーグルトはありませんでした。私はリラ修道院(後述)の一日観光で食べただけで、結局ソフィアにいた限りではヨーグルトは食べられませんでした。
【ソフィア】
ブルガリアの首都であるソフィア。7000年もの歴史があり、ヨーロッパでも最古の都市の一つと言われています。
ホテルのすぐ裏に実は教会がありました。4世紀に建てられた聖ゲオルギ教会。
庭園には浴場の跡が見られ、火を起こす場所もあることから、温浴の習慣があったことが解ります。
ソフィアは大変に水の豊かな土地で、3つの川(ヴラダヤ川、ペルロフスカ川、イスクル川)を持ち、浴場や湧水が豊富にあることでも有名です。ダムによる人工湖もあるそうです。
ブルガリアはブルガリア正教会の地ですが、1393年からオスマントルコによるイスラム教の統治にも甘んじた経験のある国です。その後、1908年にブルガリア王国を樹立し、キリスト教の国家に戻りましたが、その間、教会のキリストの像は剥がされ、彫刻の顔は切り取られています。
私はアンコールワットで当時のクメール王国にイスラム教の侵略があり、アンコールワット中の彫刻の顔がそぎ落とされているのを思い出しました。
アレクサンドル・ネフスキー大聖堂はブルガリア正教会の教会でも、バルカン半島で最も大きいと言われている教会です。またブルガリア総主教の本拠地として機能しています。
幾重にも重なったドームの形をしており、見る方向によって見た目が全く変わってしまうのは圧巻でした。
町を一巡りし、その後戻ってきたら、教会で式を上げている結婚式に出逢いました。
◆ ユダヤ人とブルガリア
第二次世界大戦の時、ブルガリアは日本と一緒で1941年に枢軸国に加盟しています。その際、ドイツ帝国は世にも例を見ないユダヤ人の迫害を行いました。もちろんその命令はブルガリアにも下りました。

当時48000人いたと言われるユダヤ人ですが、Dimitar Peshevという方の力でユダヤ人の多くは迫害を免れ、戦争終結までに50000人になったという、ヨーロッパで唯一ユダヤ人の人口が増えた国としても知られています。
この教会はユダヤ人教会ですが、入口のそばにはこのDimitar Peshevさんの栄光を称えた記念碑が立っていました。
【リラ修道院】
ソフィアから車で約3時間、リラ山脈のふもとに建っている修道院です。

聖イオアン(イヴァン・リルスキ)が設立、彼は山脈の中に住んでいましたが、彼に教えを受けた生徒たちが10世紀に建てた修道院だと言われています。
ブルガリア正教会の総本山と言われ、1983年には世界遺産にも登録されています。
建造物や歴史などについてはWikipediaを読んでいただければ解ると思いますので、詳しいことは割愛しますが、私が感銘を受けたのは「Rafail's Cross(ラファイルの十字架)」というもの。

104の聖書のシーンが650人の小さな人形を彫り込むことで再現されています。
すごいでしょ!?
これはRafailさんという修道士がほとんど自力で制作したもので、1802年、彼が失明するまで12年もの歳月をかけて制作されたそうです。
それほど大きくなく、両手で持ち上げることが出来るくらいの大きさですが、これにここまでの素晴らしい彫り込みがされているのは、生を見ないと感激は無いと思います。
本当にすごいでしょ!?(もういい?)
◆ キリスト教に思うこと
私はキリスト教信者ではないし、キリスト教の勉強もろくにせずブルガリアに行ったので、正直申し上げて、教会巡りは苦痛でした。
ですが、ひどく考えたことがあります。
前述したRafailさんの十字架のように、キリストを称える、キリストの言葉を伝える、キリストへの愛を表現する、この3つのことだけで、彫刻、印刷(リラ修道院には印刷の技術を持っていたことが解る物品も収められています)、絵画、建築、また、すごかったのは、その宝物などを箱に入れて守るための鍵の技術、傭兵という警備員のような雇われて宝物や建造物を守る人たちの発足、泥棒を攻撃するため銃の技術、あらゆるところに多大な影響を与えているということ。
キリスト教が無ければ、今の世界の技術はここまで進化していなかった、もしくは、違う進化を遂げていたと思います。
現在でもキリスト教は健在で、世界で20億人以上の信者を持つ、世界最大の宗教です。(逆の意味でいうと、キリスト教を守るために十字軍といった余計な戦争を引き起こしているのも事実ですが、ここでは言及しません。)
もちろん音楽にも影響を与えています。讃美歌やゴスペルはそのごく一部でしょう。最近はロックの分野にまで拡がってきていて、かくいう私も今はRed、Decyfer Down、Skilletとかの「Christian Rock」にハマってますけど・・・。
※ 注!かなり激しい音楽ですので、聴く際は注意が必要です!!小さなお子様にはお勧めしません。(うちの5歳の娘は踊りながら聞いてます・・・。)
「Christian Rock」、日本ではあまりメジャーではないジャンルですし、日本語のサイトも無いのが実情ですが、気になった方は彼らの歌詞をGoogle翻訳などで訳してみてください。「苦痛」「血」「犠牲」「死」、このあたりの言葉、当てこすりかもしれないのですが、キリストのことを描いているような風にも感じます・・・。 (終わり)
会議が行われたのは、ブルガリアの首都ソフィア。私の宿泊先ともなったホテル、ソフィアの街、それと観光で訪れたリラ修道院のお話をしたいと思います。
【ホテル】
ホテルにチェックインしたのは会議の始まる前日、お昼頃。羽田発のパリ行きの便で乗り継いでソフィアに入りましたが、羽田にて機材故障で3時間遅れ、必死に走って何とか乗継したので、ソフィア空港に着いた時は夢心地でした。
チェックインしたのは「シェラトン・ソフィア・バルカン」、ソフィアで最も高級といわれているホテルでした。大通りに面しており、圧倒されるような外観、街のランドマークになっている聖ネデリャ教会のすぐそばに建っています。
ロビーはこじんまりして少々暗い感じ、エレベータもかなりの旧式で無理矢理乗れて3人が精いっぱい。私はその後階段で移動しましたけど。
お部屋はかなり広め。
写真はホテル提供のツインですが、まさにこの写真通り、ここに私独りで泊れというの・・・(T_T) と思うくらいに広かったです。窓の向こうでは地下鉄の工事をしており、かなり見苦しい外観でしたが、うるさくて起こされたり眠れなかったり、ということはありませんでした。
朝食はロビーそばのレストランにて。ブルガリアだからヨーグルトが出るんだろう、と思いきや、ヨーグルトはありませんでした。私はリラ修道院(後述)の一日観光で食べただけで、結局ソフィアにいた限りではヨーグルトは食べられませんでした。
【ソフィア】
ブルガリアの首都であるソフィア。7000年もの歴史があり、ヨーロッパでも最古の都市の一つと言われています。
ホテルのすぐ裏に実は教会がありました。4世紀に建てられた聖ゲオルギ教会。
庭園には浴場の跡が見られ、火を起こす場所もあることから、温浴の習慣があったことが解ります。ソフィアは大変に水の豊かな土地で、3つの川(ヴラダヤ川、ペルロフスカ川、イスクル川)を持ち、浴場や湧水が豊富にあることでも有名です。ダムによる人工湖もあるそうです。
ブルガリアはブルガリア正教会の地ですが、1393年からオスマントルコによるイスラム教の統治にも甘んじた経験のある国です。その後、1908年にブルガリア王国を樹立し、キリスト教の国家に戻りましたが、その間、教会のキリストの像は剥がされ、彫刻の顔は切り取られています。
私はアンコールワットで当時のクメール王国にイスラム教の侵略があり、アンコールワット中の彫刻の顔がそぎ落とされているのを思い出しました。
アレクサンドル・ネフスキー大聖堂はブルガリア正教会の教会でも、バルカン半島で最も大きいと言われている教会です。またブルガリア総主教の本拠地として機能しています。
幾重にも重なったドームの形をしており、見る方向によって見た目が全く変わってしまうのは圧巻でした。町を一巡りし、その後戻ってきたら、教会で式を上げている結婚式に出逢いました。
◆ ユダヤ人とブルガリア
第二次世界大戦の時、ブルガリアは日本と一緒で1941年に枢軸国に加盟しています。その際、ドイツ帝国は世にも例を見ないユダヤ人の迫害を行いました。もちろんその命令はブルガリアにも下りました。

当時48000人いたと言われるユダヤ人ですが、Dimitar Peshevという方の力でユダヤ人の多くは迫害を免れ、戦争終結までに50000人になったという、ヨーロッパで唯一ユダヤ人の人口が増えた国としても知られています。
この教会はユダヤ人教会ですが、入口のそばにはこのDimitar Peshevさんの栄光を称えた記念碑が立っていました。
【リラ修道院】
ソフィアから車で約3時間、リラ山脈のふもとに建っている修道院です。

聖イオアン(イヴァン・リルスキ)が設立、彼は山脈の中に住んでいましたが、彼に教えを受けた生徒たちが10世紀に建てた修道院だと言われています。
ブルガリア正教会の総本山と言われ、1983年には世界遺産にも登録されています。
建造物や歴史などについてはWikipediaを読んでいただければ解ると思いますので、詳しいことは割愛しますが、私が感銘を受けたのは「Rafail's Cross(ラファイルの十字架)」というもの。

104の聖書のシーンが650人の小さな人形を彫り込むことで再現されています。
すごいでしょ!?
これはRafailさんという修道士がほとんど自力で制作したもので、1802年、彼が失明するまで12年もの歳月をかけて制作されたそうです。
それほど大きくなく、両手で持ち上げることが出来るくらいの大きさですが、これにここまでの素晴らしい彫り込みがされているのは、生を見ないと感激は無いと思います。
本当にすごいでしょ!?(もういい?)
◆ キリスト教に思うこと
私はキリスト教信者ではないし、キリスト教の勉強もろくにせずブルガリアに行ったので、正直申し上げて、教会巡りは苦痛でした。
ですが、ひどく考えたことがあります。
前述したRafailさんの十字架のように、キリストを称える、キリストの言葉を伝える、キリストへの愛を表現する、この3つのことだけで、彫刻、印刷(リラ修道院には印刷の技術を持っていたことが解る物品も収められています)、絵画、建築、また、すごかったのは、その宝物などを箱に入れて守るための鍵の技術、傭兵という警備員のような雇われて宝物や建造物を守る人たちの発足、泥棒を攻撃するため銃の技術、あらゆるところに多大な影響を与えているということ。
キリスト教が無ければ、今の世界の技術はここまで進化していなかった、もしくは、違う進化を遂げていたと思います。
現在でもキリスト教は健在で、世界で20億人以上の信者を持つ、世界最大の宗教です。(逆の意味でいうと、キリスト教を守るために十字軍といった余計な戦争を引き起こしているのも事実ですが、ここでは言及しません。)
もちろん音楽にも影響を与えています。讃美歌やゴスペルはそのごく一部でしょう。最近はロックの分野にまで拡がってきていて、かくいう私も今はRed、Decyfer Down、Skilletとかの「Christian Rock」にハマってますけど・・・。
※ 注!かなり激しい音楽ですので、聴く際は注意が必要です!!小さなお子様にはお勧めしません。(うちの5歳の娘は踊りながら聞いてます・・・。)
「Christian Rock」、日本ではあまりメジャーではないジャンルですし、日本語のサイトも無いのが実情ですが、気になった方は彼らの歌詞をGoogle翻訳などで訳してみてください。「苦痛」「血」「犠牲」「死」、このあたりの言葉、当てこすりかもしれないのですが、キリストのことを描いているような風にも感じます・・・。 (終わり)
