《ラッコ・洗濯機・ジンジャーエール》
カラン
入り口の戸につけられた木製のベルが優しい音を響かせる。
「──────」
マスターの声は、BGMと店のざわめきに溶けて殆ど聞こえない。
薄暗い店内には低いボリュームでスタンダード・ジャズがかかっている。有線のちんけなステレオではない。マスター秘蔵のアナログレコードコレクションは、この店の名物だ。やや歪みを含んだその柔らかな音は、上質なシングルモルト・ウィスキーのようにクセのあるスモーキーな、しかし豊かな余韻を体の内いっぱいに広げてくれる。
決して広くはない、二十人も入れないであろう店のなかには、しかし半分程の席が埋まり、雰囲気を壊さない程度のざわめきがおこっている。センスの良い照明は殆どがアイルランド人であるマスターの父が地元で買い付けたもので、彼が他界した後に今のマスターがこの店に置いた。まるでしつらえたようにマッチしたそれは、オフホワイトからダークグレイッシュへのグラデーションが美しいオレンジ光のアップライトだ。その他にもカウンターテーブル、ハイチェア、グラスに至るまで、どれも温かみと懐かしさが感じられる。
カウンターに座る。
「マスター、ボウモアをシングル・ロックで」
「キュ」
渋く一声鳴いたマスターは慣れた手つきで氷を削る。腹の上でカチカチと打ち鳴らされる氷が奏でるジャズ・ビートがBGMと重なる。
差し出された明るい琥珀色の液体を喉に落とす。焼けるような熱さと強いピート臭が心地良い。
「ご一緒してもよろしいかしら?」
振り向くと美しいメスが微笑んでいた。滑らかな毛並みは上品で優雅だ。それでいてつぶらな瞳が愛らしく、コケティッシュな雰囲気を醸している。私はいっぺんに心を奪われてしまった。
「美しい方、何を飲まれます」
「ウィスキーを。あ、ジンジャーエールで割ってくださる?」
マスターは聞き惚れるような声でまた一声鳴き、ジンジャーハイボールを差し出す。
「こちらは初めてかしら。見ない顔だけれど。」
「先代のマスターの時に何度か。それからしばらく仕事で遠くにいたもので。彼が亡くなったと聞いた時はアラスカにいましてね。今日やっと顔を出すことができた」
「父からお話は聞いています。あなたに会いたがっていましたよ」
マスターの一言に、胸が熱くなる。
「先代の作るホタテのムニエルは絶品だった。とても懐かしいよ」
「あら、マスターのムニエルもなかなかのものよ。ひとつお願いするわ」
「あぁ、是非食べてみたいね」
先代の面影を濃く継いだマスターは、キュッと鳴いて厨房へ入る。貝を打ち合わせる音が店内に響く。
不意に途切れたBGMに、不安な沈黙が重なる。どちらともなく微笑んで見合わせる。ジンジャーエールの気泡がパチパチとはじける。
あぁ。
あぁ。。
あぁ…洗濯機…洗濯機どうしよう…
無駄にハードボイルド目指したらわかんなくなってしまった…
諦めて次のお題へ