歌の話の続き。
歌は下手でも、僕はソコソコ頭のサイズがでかかったおかげで、評定は別としても、テストの点はよかった。高校も地元の公立に無事受かったわけだ。
その高校でひとつ、衝撃的な出会いがあった。僕が初めて女の子とお付き合いを始めた頃の話だ。
仲の良い先輩が「これ好きなんだよ」とイヤホンを片方差し出して来た。
放課後の教室で二人、肩がほんのチョッピリ触れるくらいの距離で一緒にその曲を聴いた。
なんだこれ!ドラマみたいだ!青春だ!
目を閉じて曲を聴いている先輩の横顔は、艶々しい黒髪が風に揺れ、睫毛は長くて、鼻が小さくて、淡い色の唇は吸い寄せられるようで。僕は
まて。待て。違う。奴は男だった。それもどっちかってと芋っぽい。そんな青春は俺には無かった。
妄想だった。
でもそんな青春欲しかった。
正直、今でも欲しい。
現実。
「これ好きなんだよ」ぽいと投げて寄越されたのは、今は亡きMD。ラベルにはBUMP OF CHICKENの文字。鶏肉?
「とっておきの歌が入ってるから。聴いてみ」と言う。
とっておきのうたという言い回しが気に入り、帰ってから早速聴いてみる。
なんとなく、今まで聴いてきた歌とは違ったもののように思える。
曲もそうだけど、詞が。詞が綺麗だと思った。これが詩的表現か。
僕は花を摘んで
君に似合う花なんだろうか?なんて
本気で首傾げたりして
その歌のタイトルは『とっておきの唄』。
ああ、いいな。こんな風に人を好きになれたらいいな、と素直に感動した。歌で感動したのなんて初めてだ。歌って凄いんだな。もっと色んな歌を聴いてみたい。
高校一年の秋口、僕はやっと歌が好きになったのだった。
そしてついでに日本語の美しさに気付き、ノートの端に言葉を連ね始めた。
サイト設営編へ続く。
中学まで、音楽とは無縁でありました。
その頃流行ってた歌は、今でもあまり知らなかったりするのです。
親も好んで何かを聴く方じゃなかったし、歌うのも下手で恥ずかしいから苦手で。
家でも学校でも本ばかり読んでいたから、テレビで歌番組を観ることもまず無く、つまり流行りの歌も全然知らず。あれだけ流行ったPUFFYのアジアの純真すらわからず、クラスの女子に笑われ。女の子好きだったのに苦手になったのは給食の時間のこと。
中学の時。
叔父さんの車でDEENの「夢であるように」が流れていた。多分、初めて自分から好きになった歌だと思う。
そのままCDを借りて、家にあった古いCDラジカセで飽きることなく聴いていた。
しばらくして同じCDを買ってきた。初めてCDを買った。サビに入る時の壮大な感じが好きだったのだ。
当時は歌詞の意味などろくに考えもしなかったが、それは気持ちが離れてしまって別れた相手を想う、悲恋歌だった。
とはいえ、じゃあそこから音楽を聴くようになったのかというとそれはまだ先の話であって、中学三年間は部活一色でありました。
つまらない恋のひとつふたつあったような気がしますが、気のせいです。幼なじみにちょっと横恋慕した記憶など御座いません。
平日は部活後の自主トレをし、毎週末ごとに合宿や遠征。中学生にしてムキムキまっちょまん。
年末年始の合宿では、耄碌したコーチの「海まで走って初日の出を見に行く」などという迷言が現実になって、元旦午前3時から15km走。
やっとの思いで見た日の出は綺麗…………だった気がするが、インフルエンザにかかったせいで良く覚えてない。
余談だが、同じ部に入った弟は、同じく恒例となった日の出マラソン参加後帯状疱疹(体力の落ちた老人などがかかる病)を発症し入院点滴。
とまぁそんな毎日だったから、初めて友達とカラオケに行ったのは部活を引退した三年の秋だった。
やはり歌はうまく歌えなくて、あまり好きにはなれなかった。声変わりの時期だったのもあるのだろう。
なんだろうな、この文章。
自分語りが好きなのは物書きの性だろうか。くそ面白くないけど、大丈夫かしら。
高校時代へ続く。
その頃流行ってた歌は、今でもあまり知らなかったりするのです。
親も好んで何かを聴く方じゃなかったし、歌うのも下手で恥ずかしいから苦手で。
家でも学校でも本ばかり読んでいたから、テレビで歌番組を観ることもまず無く、つまり流行りの歌も全然知らず。あれだけ流行ったPUFFYのアジアの純真すらわからず、クラスの女子に笑われ。女の子好きだったのに苦手になったのは給食の時間のこと。
中学の時。
叔父さんの車でDEENの「夢であるように」が流れていた。多分、初めて自分から好きになった歌だと思う。
そのままCDを借りて、家にあった古いCDラジカセで飽きることなく聴いていた。
しばらくして同じCDを買ってきた。初めてCDを買った。サビに入る時の壮大な感じが好きだったのだ。
当時は歌詞の意味などろくに考えもしなかったが、それは気持ちが離れてしまって別れた相手を想う、悲恋歌だった。
とはいえ、じゃあそこから音楽を聴くようになったのかというとそれはまだ先の話であって、中学三年間は部活一色でありました。
つまらない恋のひとつふたつあったような気がしますが、気のせいです。幼なじみにちょっと横恋慕した記憶など御座いません。
平日は部活後の自主トレをし、毎週末ごとに合宿や遠征。中学生にしてムキムキまっちょまん。
年末年始の合宿では、耄碌したコーチの「海まで走って初日の出を見に行く」などという迷言が現実になって、元旦午前3時から15km走。
やっとの思いで見た日の出は綺麗…………だった気がするが、インフルエンザにかかったせいで良く覚えてない。
余談だが、同じ部に入った弟は、同じく恒例となった日の出マラソン参加後帯状疱疹(体力の落ちた老人などがかかる病)を発症し入院点滴。
とまぁそんな毎日だったから、初めて友達とカラオケに行ったのは部活を引退した三年の秋だった。
やはり歌はうまく歌えなくて、あまり好きにはなれなかった。声変わりの時期だったのもあるのだろう。
なんだろうな、この文章。
自分語りが好きなのは物書きの性だろうか。くそ面白くないけど、大丈夫かしら。
高校時代へ続く。
人がひとり死ぬということ。
先日実家に帰ったときに、母親から僕の同級生が亡くなったと聞かされた。同じ中学だったらしいが、記憶になかった。人数の多い学校だったが、会話もしたことが無かったのだろうか。覚えていない。自殺だったらしい。
高校の時に、クラスメイトが自殺した。受験前の模試の日の朝聞かされた。訃報を告げる担任の厳しい表情をよく覚えてる。
隣の席の友人に、「なんで笑ってられるのか」と当たってしまった。当たったというか、彼がもういないという実感が無かったせいで、悲しむふりをしなくてはと思った。初めての身近な人間の死で混乱していたのだと思う。
一年ほど前になるか。高校の同級生が自殺したらしい。友人が弔いに地元へ帰っていた。直接会話したことは恐らく無かったように思う。小説家になりたいと言っていたそうだ。
数年前、実家の通り向かい、幼なじみの家のおじいちゃんが亡くなった。遺体を前にするのはそれが初めてのことで、その顔は穏やかに思えたが、手腕の肌の感じは、生きている人間のそれとはまるで異なっていて、少しだけ恐いような気がした。
一年と半年程前、曾祖母が亡くなった。母方の曾祖母が亡くなったのはまだ幼い頃でよく覚えていないから、僕にとって初めての肉親の死だった。数年前から寝たきりで、反応も殆ど返さなくなっていた。そんな曾祖母を、僕は何となく遠ざけていた。亡くなった祖母の体は、小さく、固く、冷たかった。父は「お疲れさま」と声をかけていた。
これが僕の触れた死の全てだ。
自殺したクラスメイトの遺品……と言うと大袈裟だが、そんなものを今も持っている。
とあるサイトで公開されていた、バトルロワイヤルという小説の二次創作小説をプリントアウトしたものだ。
僕と彼一番強く結んでいたものだと、思う。
逆に言えば、それ以外の意味で特に親しかったわけではない。
それは、偶然にも、僕も見つけていたサイトだった。
そのときには既にサイトは閉鎖されており、久しぶりに読みたくなって借りていたのだ。
彼もあの頃の僕と同じように、死の可能性に惹かれた人間だったのだと思う。
夜闇に包まれる時、もう何度も彼にたずねている
生の終わりには死があって、死のその先には何があったか
何も応えないことに僕は安堵する。
死の先には何もない。それが答えなのだと思いたい。でなければ救われない。
先日実家に帰ったときに、母親から僕の同級生が亡くなったと聞かされた。同じ中学だったらしいが、記憶になかった。人数の多い学校だったが、会話もしたことが無かったのだろうか。覚えていない。自殺だったらしい。
高校の時に、クラスメイトが自殺した。受験前の模試の日の朝聞かされた。訃報を告げる担任の厳しい表情をよく覚えてる。
隣の席の友人に、「なんで笑ってられるのか」と当たってしまった。当たったというか、彼がもういないという実感が無かったせいで、悲しむふりをしなくてはと思った。初めての身近な人間の死で混乱していたのだと思う。
一年ほど前になるか。高校の同級生が自殺したらしい。友人が弔いに地元へ帰っていた。直接会話したことは恐らく無かったように思う。小説家になりたいと言っていたそうだ。
数年前、実家の通り向かい、幼なじみの家のおじいちゃんが亡くなった。遺体を前にするのはそれが初めてのことで、その顔は穏やかに思えたが、手腕の肌の感じは、生きている人間のそれとはまるで異なっていて、少しだけ恐いような気がした。
一年と半年程前、曾祖母が亡くなった。母方の曾祖母が亡くなったのはまだ幼い頃でよく覚えていないから、僕にとって初めての肉親の死だった。数年前から寝たきりで、反応も殆ど返さなくなっていた。そんな曾祖母を、僕は何となく遠ざけていた。亡くなった祖母の体は、小さく、固く、冷たかった。父は「お疲れさま」と声をかけていた。
これが僕の触れた死の全てだ。
自殺したクラスメイトの遺品……と言うと大袈裟だが、そんなものを今も持っている。
とあるサイトで公開されていた、バトルロワイヤルという小説の二次創作小説をプリントアウトしたものだ。
僕と彼一番強く結んでいたものだと、思う。
逆に言えば、それ以外の意味で特に親しかったわけではない。
それは、偶然にも、僕も見つけていたサイトだった。
そのときには既にサイトは閉鎖されており、久しぶりに読みたくなって借りていたのだ。
彼もあの頃の僕と同じように、死の可能性に惹かれた人間だったのだと思う。
夜闇に包まれる時、もう何度も彼にたずねている
生の終わりには死があって、死のその先には何があったか
何も応えないことに僕は安堵する。
死の先には何もない。それが答えなのだと思いたい。でなければ救われない。
にいきなり本の感想とか脈絡無さすぎだろう。
と思ったから追記。
いや、mixiだとよく書評書いてるんだけど。それこっちにもアップすればいいんだよな、うん。
特に感動的な出来事も無い現実の日々を尻目に、日々物語の世界で生きている僕です。
と思ったから追記。
いや、mixiだとよく書評書いてるんだけど。それこっちにもアップすればいいんだよな、うん。
特に感動的な出来事も無い現実の日々を尻目に、日々物語の世界で生きている僕です。
河野裕 角川スニーカー文庫
全五巻(続刊)
咲良田は能力者の集う町。それは猫と意識を共有したり、モノを消したり、写真の中に入れたりと様々だ。そのなかでも特に強力な力を持つ少女、春埼美空。彼女の能力、リセットは「世界を三日分元に戻す」
泣いている少女を見た春埼は、世界をリセットする。しかし元に戻るのは春埼の記憶や意識も同様だ。だから、世界は何も変わらない。リセットされる前の世界をなぞるだけだ。だから春埼はこの能力を好きになれない。意味無く世界を繰り返すだけの能力。
だが、浅井ケイとの出会いが彼女の能力に意味を与えた。ケイの能力は記憶保持。リセットされる前の世界を覚えていられる力。
二人の出会いによって、少女の涙は止まるのだろうか。
村上春樹的に言うなら、「村上春樹的<涼宮ハルヒの憂鬱>」
箱庭セカイ系設定。言葉の選び方に丁寧さと冷ややかさ、侘しさを感じる文体。
少年少女の儚さや危うさ、理不尽な優しさを紡ぐ物語。
春の風の強い日の昼。屋上で独り。たくさんの人間がいるはずなのに孤独を感じる時のような。こんなに温かな陽射しを受けているのに、どこか空虚に感じるような。そんな空気感。
本当は人物も掘り下げて紹介したいけど、設定とかやや複雑で長くなりそうだから割愛。
でもひとつ言うなら、ケイはたぶん僕の理想のかたちのひとつ。
五巻の「幸せの青い鳥」をモチーフにした話は、五巻だけ買ってでも読む価値があると思う。
『神は無償で救いを与えます。悪魔は魂と引き換えに力を与えます。』
『神が与える楽園に囚われたまま、抜け出せないでいるなら。魂を奪われることと、どれほどの違いがある?』
全五巻(続刊)
咲良田は能力者の集う町。それは猫と意識を共有したり、モノを消したり、写真の中に入れたりと様々だ。そのなかでも特に強力な力を持つ少女、春埼美空。彼女の能力、リセットは「世界を三日分元に戻す」
泣いている少女を見た春埼は、世界をリセットする。しかし元に戻るのは春埼の記憶や意識も同様だ。だから、世界は何も変わらない。リセットされる前の世界をなぞるだけだ。だから春埼はこの能力を好きになれない。意味無く世界を繰り返すだけの能力。
だが、浅井ケイとの出会いが彼女の能力に意味を与えた。ケイの能力は記憶保持。リセットされる前の世界を覚えていられる力。
二人の出会いによって、少女の涙は止まるのだろうか。
村上春樹的に言うなら、「村上春樹的<涼宮ハルヒの憂鬱>」
箱庭セカイ系設定。言葉の選び方に丁寧さと冷ややかさ、侘しさを感じる文体。
少年少女の儚さや危うさ、理不尽な優しさを紡ぐ物語。
春の風の強い日の昼。屋上で独り。たくさんの人間がいるはずなのに孤独を感じる時のような。こんなに温かな陽射しを受けているのに、どこか空虚に感じるような。そんな空気感。
本当は人物も掘り下げて紹介したいけど、設定とかやや複雑で長くなりそうだから割愛。
でもひとつ言うなら、ケイはたぶん僕の理想のかたちのひとつ。
五巻の「幸せの青い鳥」をモチーフにした話は、五巻だけ買ってでも読む価値があると思う。
『神は無償で救いを与えます。悪魔は魂と引き換えに力を与えます。』
『神が与える楽園に囚われたまま、抜け出せないでいるなら。魂を奪われることと、どれほどの違いがある?』
