昭和46年(1971年)もう36年も前の話でマイコンピュータのメモリーが間
違っっているところもあると思う。
当時、私は高校3年生で既に就職が内定していたので競馬仲間らと競馬に没頭してい
た。
この年のクラシック候補はロングワン(父サウンドトラック母テイエポロ)暮れの阪
神3歳Sでは逃げるシバクサをあっさり捉えている。
負け知らずできさらぎ賞に駒を進めてきた。
この年のきさらぎ賞は何故か中京開催だった。
当時はオッズの無い時代で多分1倍台のダントツ人気。ロングワンは負けるはずが無
いと思っていた。
対するヒカルイマイ(父シプリアニ母はサラ系ミラの血を引き継いだ馬)
牧場時代あばら骨を2本?折っており競走馬としては疑問視されていた。
レースは好位置から抜け出すロングワンを何とヒカルイマイがゴール前できっちり差
しきるのである。
2番人気ヒカルイマイの単勝は600円近くついた。
このレースを機にヒカルイマイは大変身、後に皐月賞・日本ダービーを取り2冠に輝
く。
一方、ロングワンはこのレースを機に落ち目に(故障で戦列離脱だったかも?)。
父サウンドトラックから来る距離の壁でボロボロになる。
もし、今のように短距離のGIがあれば大成していたと思う。
ロングワンの弟がロングエース(父ハードリドン)ダービー馬である。
またその弟がロングファスト(父フォルティノ)ダービー・菊花賞ともに2着。
母ティエポロは繁殖牝馬としては名牝であった。
☆この記事がどこまで合っているか後日調べてみる。
違っっているところもあると思う。
当時、私は高校3年生で既に就職が内定していたので競馬仲間らと競馬に没頭してい
た。
この年のクラシック候補はロングワン(父サウンドトラック母テイエポロ)暮れの阪
神3歳Sでは逃げるシバクサをあっさり捉えている。
負け知らずできさらぎ賞に駒を進めてきた。
この年のきさらぎ賞は何故か中京開催だった。
当時はオッズの無い時代で多分1倍台のダントツ人気。ロングワンは負けるはずが無
いと思っていた。
対するヒカルイマイ(父シプリアニ母はサラ系ミラの血を引き継いだ馬)
牧場時代あばら骨を2本?折っており競走馬としては疑問視されていた。
レースは好位置から抜け出すロングワンを何とヒカルイマイがゴール前できっちり差
しきるのである。
2番人気ヒカルイマイの単勝は600円近くついた。
このレースを機にヒカルイマイは大変身、後に皐月賞・日本ダービーを取り2冠に輝
く。
一方、ロングワンはこのレースを機に落ち目に(故障で戦列離脱だったかも?)。
父サウンドトラックから来る距離の壁でボロボロになる。
もし、今のように短距離のGIがあれば大成していたと思う。
ロングワンの弟がロングエース(父ハードリドン)ダービー馬である。
またその弟がロングファスト(父フォルティノ)ダービー・菊花賞ともに2着。
母ティエポロは繁殖牝馬としては名牝であった。
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