「既にある」「全てある」

 だから、安心してください



的なこと、よく聞きますよね。



欲しいものや欲しい現実が

今目の前に展開されていないのに

そんなこと言われたら


めちゃくちゃ腹が立つと思うのですが(笑)




これは、まず


「既に全てがある」が出発点。

そもそもの大前提で


そして


どこにフォーカスしているか?で

見える景色が異なる


つまり

体験する現実が変わる



ということです。







例えば


息子(16)と一緒に歩いていると

よく起きる話なのですが






ーーーー


「わー、すげぇ!!」


「ほんとだー!」




すぐ次の話題に移る必要があったりで

その件を掘り下げることはないままに。




(帰宅後)




Y:「そういや今日のアレさぁ、」


息:「ね!模様が細かくて、どうやったらできるんだろって思ったわ」


Y:「…えっ?!模様?」


息:「え?…見てたでしょ?すごいねって言ってたじゃん!もう忘れたの?は?w え?なんの話?」

(なぜか私が怒られるw)


Y:「へえ!鉢に模様あったんだ!?」


息:「え?嘘?見てないの?」


Y:「いや、黒っぽいチューリップってあまり見ないから、そっちに目が行ってたよ」


息:「へえーっ。そんな色してたんだ?」



ーーーー









見ていたものが違う現象。




私は花を見ていたけれど

息子は鉢を見ていた。



同じ道を歩き同じ場所を見ても

それぞれフォーカスしていたものが違う。




その場所には

花も鉢も確かにあったわけよね。



でも


私は

鉢の模様を知らない。


息子は

チューリップが黒色だったことを知らない。







知らない=認識していない

ということは


自分の世界に

存在していないことと

ほぼ同義。





我が家では割と日常茶飯事なのですがw


その度に

息子と私の見ている世界は違うんだなと感じ


改めて考えさせられるきっかけになっている。





人間って

見たいものだけ見ているらしいです。


脳が処理できる情報のキャパは限られているから。

気になる方は「RAS」で検索してね🔍




自分では「こんな嫌なもん見たくないわ!」

と思っていても


どこかで選んでいるわけ。無意識に。


だから


意識的に

見たいものを選ぶことが大事。





いきなりデッカい何かを掲げるのも

それはそれで楽しいかもしれないけれど


まずは


「自分の感じ方」で如何様にもなる

簡単なところから試してみるのは

いかがでしょう?  




例えば




雨の日に

「憂鬱だ」と捉えるのか?

「静かで落ち着く」と捉えるのか?


現実そのものは同じだけど

フォーカスする先が違う。



自分がどんな体験をしたいか?

を、とにかくまず決めること。


そして、そこにピントを合わせていく。






自分の心で決めてフォーカスし

その通りのものを現象として体験する



これを日々繰り返して

当たり前のことになってくると


今まで見えていなかった「既にあった」

物理的なものにも気づくようになる。








「既にある」とか「全てある」って

別に何も不思議な話ではないんです。



「なーんだ。フォーカスするだけで体験できるんじゃん!!」




だんだんと

そんなふうに感じるようになるよ。




すると



今までは

「難しい」「とは言えさぁ」


などと言って

望むことを許してこなかったアレコレも


気づいたら勝手に、同じように扱っている。




私はそうでした。


さらに、ある時気づきました。




フォーカスしたら、意識の焦点が定まるから


だったら


「無理かも」「難しいよ」「とは言え」

なんてごちゃごちゃ考えていたら


そこに意識のピントが合ってしまうじゃん!


そんなん勘弁!wwww



そうやって、より意図的に

自分の味わいたい感覚にフォーカスするように

なったと思う。







なので



「既に全てある」中から

自分が味わいたい感覚を

選んでいく。




これを習慣にするのは、かなりおすすめ。





日々の体験を軽やかに楽しいものにしていく

シンプルで簡単な第一歩になるはずだから。







Yuka




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