私はお父さんみたいになってもいい | さふぁいあのブログ

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2013年1月から2015年5月

昨日夜わかったこと目

私はお父さんみたいになっちゃいけないって思ってたこと あせる
私があることで何度も何度も苦しんでいて何故何度も繰り返し目の前に現れるのか
私の中にもきっと同じものがあるからだろうなそれは過去生の自分がやってたことなのかとか考えてたけど
最近それを考えた時思い出すことがあった女の子

それは看護学生の時に夏休みに帰郷してた時のある日の出来事晴れ
父と知らない女性 そしてその女性がだく産まれて間もない赤ん坊 
母が居ないかのごとく父の元へ走り込んできた女性の幸せな表情と母としての覚悟 
私と母には背中を見せその背中を丸め小さくなりながらも嬉しそうにウンウンとうなづく父の横顔
その2人を後ろから怖い顔で息を殺し見てる母
その記憶が蘇ってきた星空



お父さんは自由で好きなことをして農業をしてたが働くことは好きではなく家にはいないことが多かった  だからお母さんが男みたいに働いて私たちを育ててくれた
でも人当たりは良く愛嬌があって地域別の子どもの行事があれば率先して参加してた子ども達に人気があった
子どものソフトボールの大会では監督をして目立たない上手くない選手になれなかった子供にもちゃんと打つ機会を与えてあげてた  正義感があってみんなの幸せのためにと草の根の活動をしてた  私はそんなところは子どもながらに尊敬してた星

家では良く怒鳴って私が小さい時はお母さんは良く泣いてた汗
お母さんはよくお父さんのことをいない方がいいって子供たちに話してた

大好きなお母さんを悲しませてる苦しませてるお父さんみたいになっちゃいけないって思ってたんだお月様

自由で好きなことだけしてワガママで自分勝手で働くのが好きじゃなくて迷惑かけて本当は小心者でプライドが高くて


そして自分の中にお父さんと同じような所があるのがわかってたから余計にそんな自分をみないように生きてきたんだと気づいた
お父さんみたいになっちゃいけない
本当の自分を出しちゃいけない
一生懸命働いて嫌なことでも頑張って好きなことはしちゃいけないしわがままは言っちゃいけない女の子


でも今思うとお母さんはそんなお父さんが好きだったから今も一緒にいるし文句を言いながらもそんなお父さんを支えるのが好きだったのかも知れない  
そんなお父さんにはちゃんとお母さんという人がいて支えられ愛されてたんだと思う
今思い出せるのはお母さんの太陽のような笑顔晴れ

だから今こうつぶやく

「私はお父さんみたいになってもいい」
初めてその言葉を口に出したら笑ってしまった 本当にいいの?っていう気持ちから

「私はお父さんみたいになってもいい」
何度もつぶやいてたら楽になってきたニコニコ



私は自分を自由だと思ってたけど
どれだけ自分にブレーキをかけて自由じゃなかったんだって今は思うショック!

自由とはそのままの自分を由(よし)とすること

やっと今その言葉の意味が本当に わかるようになったクローバー

そのままの自分がやっとわかった やっと認めてあげることが出来たクローバー


「私はお父さんみたいになってもいい」


そう思ってることをお父さんに言えたらいいな音譜



読んでいただきありがとうございました虹