彼の障害が何に分類されるのか、詳しくは知らない。
初めは自閉症と聞いていた。
たとえば自閉症の男の子がおもちゃのミニカーで遊ぶとき、彼はミニカーを一列に並べる。
そしてその列がズレてないかどうか横から片目で確認したりするだろう。
ただし、その列が少しでも乱れようものなら、キィーッとなって彼自身が乱れてしまう。
彼と会ったのは彼が小学1年生の頃だ。
以来、週2回彼の放課後の相手となることが僕の仕事となった。
彼は字が書けないし、喋れない。
そう言うと少し彼に失礼な気もしていて、書かないし、喋らない、と言った方が今はしっくりくる。
他の子供たちがこちらにやってくると、彼はどうしても押しのけられてしまう。
機を見て彼が教室から逃げ出すのはそういう時だ。
こちらはどうしても彼を追いかけざるを得ない。
ようやく追いつくとたいてい彼はニヤニヤしている。
鬼ごっこをしているような感覚なのかもしれない。
(アンタ、オレの担当だろ?)
そうは言われていないのだが、近しい人間関係を取り戻そうと動いていると考えると、彼の行動原理はわかりやすい。
彼が小学4年生になると、週1回は部活動をやり始めた。
僕が新たに部活動を運営する会社と契約を結んだのは、それがきっかけだった。
最初は、彼の活動に付いて行ったという感じだ。
話は変わるが、毎朝新聞を配っている。
配るのは全国紙以外にも業界新聞や定期的に発送される英字新聞なんかもある。
ニューヨーク・タイムズもその一つだ。
たしかアメリカ二大政党のうち、民主党を支持していたはずで、リベラルな(権力からの自由を重視する)論調の新聞だったと思うが、立ち位置が似ているせいか朝日新聞で一緒に配っている。
ニューヨークで、そのニューヨーク・タイムズの本社ビルのある一角がタイムズ・スクエアと呼ばれているらしい。
スクエアとは四角の意味と思うが、そこから派生して交差点のことを指しているようだ。
世界的に有名な交差点であるし、詩的に読めば、時代の交差点と読めるかもしれない。
話は戻る。
彼は学年が上がるにつれ、教室からほとんど逃げなくなった。
僕のところに来て一緒に時間を過ごすのが半分。
半分は自分の意志で決まった場所へ移動する。
その場所というのが、なんとなく僕には「交差点」に見えている。
自分から言葉を発することはないが、人が通り、止まり、人から声を掛けてもらえそうな場所に出かけていっている。
それは放課後の教室(トワイライトスクール)でも、部活動でも変わらない。
今、彼の障害を自閉症と呼んでいいかはよくわからない。
「卒業式出ます?」
保護者の方から掛けていただいたその言葉だけ、うれしく噛み締めた。
その彼もこの春、小学校を卒業した。
僕もまたたぶん違う小学校へ行く。
今日もご訪問いただき、ありがとうございます。