物事は心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。 もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。 荷車をひく牛に車輪がついていくように。
物事は心を主とし、心によってつくり出される。 もしも清らかな心で話したり行ったりするならば、福楽はその人につき従う。 影がそのからだから離れないように。
悪いことをした人は、この世で憂うれえ、来世でも憂え、二つのところでともに憂う。 彼は自分の行為が汚れているのを見て、憂え、悩む。
善いことをした人は、この世で喜び、来世でも喜び、二つのところでともに喜ぶ。 彼は、自分の行為が清らかなのを見て、喜び、楽しむ。
悪いことをなす者は、この世で悔くいに悩み、来世でも悔いに悩み、二つのところで悔いに悩む。 「私は悪いことをしました」といって悔いに悩み、苦難のところ(地獄など)におもむいて(罪の報いを受けて)さらに悩む。
善いことをなす者は、この世で歓喜し、来世でも歓喜し、二つのところでともに歓喜する。 「私は善いことをしました」といって歓喜し、幸あるところ(天界など)におもむいて、さらに喜ぶ。
他人の過失を見るなかれ、他人のしたこと、しなかったことなど見る必要がない。 ただ自分がしたことしなかったことだけを見よ。
私には子供がいる。私には財産があると、愚か者は悩み苦しむ。 自分でさえ自分のものでないのに、ましてどうして子供が自分のものであろうか。 どうして財産が自分のものであろうか。
善を成すのを急げ。悪から心を退けよ。善をなすのにのろのろしたら、心は悪事を楽しむ。
人がもし悪いことをしたならば、それを繰り返すな。悪事を心がけるな。悪が積み重なるのは苦しみである。
人がもし善いことをしたならば、それを繰り返せ。善いことを心がけよ。 善いことが積み重なるのは楽しみである。
まだ悪の報むくいが熟しないあいだは、悪人でも幸運に遇あうことがある。 しかし、悪の報いが熟したときには、悪人はわざわいに遇う。
まだ善の報いが熟しないあいだは、善人でもわざわいに遇うことがある。 しかし、善の果報が熟したときには、善人は幸福に遇う。
「その報いは私にはこないだろう」と思って、悪を軽んずるな。水が一滴づつ滴りおちるならば、水瓶でも満たされるであろう。愚かなものは、水を少しずつでも集めるように悪を積むならば、やがてわざわいに満たされる。
「その報いは私には来ないであろう」と思って、善を軽んずるな。水が一滴ずつ滴り落ちるならば、 水瓶でも満たされる。気をつけている人は、水を少しづつでも集めるように善を積むならば、 やがて福運に満たされる。
怒らないことによって怒りに打ち勝て。善いことによって、悪に打ち勝て。分かち合うことによって物惜しみに打ち勝て。真実によって虚言の人に打ち勝て。
他人の過失は見やすいけれども、自分の過失は見がたい。人は他人の過失を籾殻もみがらのように吹き散らす。しかし、自分の過失は隠してしまう。狡猾こうかつな賭博師とばくしが不利なさいの目をかくしてしまうように。