こんにちは、衛門です。

浅田次郎の『日本の「運命」について語ろう』を読みました。

日本の「運命」について語ろう/幻冬舎
¥1,296
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読み始めるまでは、将来の日本について語られているものかと勝手に想像していましたが、ここで語られているのは幕末から第二次世界大戦あたりの近世史に対しての洞察。

前にも書いたんですけど、歴史苦手なんす。

しかし、この本はかつて講演会で語った内容を本にしたものなので結構わかりやすい。
しかも教科書にさらっと書かれているような事実のウラ側というか、事実をナナメ横から見たような浅田氏の洞察が書かれていています。
ところどころ「小説家なんで本当かどうかあれですが」みたいな断り書きもありますが結構です、読み物として面白いです。

でも歴史関係の内容はなかなか覚えられない。
2回くらい読んだらもっとアタマに入るんだろうなあ。

本書でたいへん共感したのが、現代の日本は法治国家として進歩しているが、「これは進歩ではなく退行しているんじゃないかな」と思うこともしばしばあり、江戸時代について勉強すればするほど「これはいいな」ということに思い当たるというところ。

そのひとつが「寛容」だそうです。
杓子定規に善悪を分けるのではなく、「緩さ」はあっていい。
法律的に白黒二分されてしまうけど、実際には無数のグレーがある。

法という概念が人類社会に登場したのはわりと新しくて、それ以前の社会規範は「礼儀」だった。「礼」が廃れたから「法」を作らざるをえなくなった。

礼儀がなってないから法律を作ったものの、現代は「法律に触れていないからやってもいい」と考えることが多い世の中になってしまった。法は万能じゃないから、法に先んずる人としての礼儀とか道徳観とかが先になくちゃってことを仰りたいのだろうと理解しました。

法律というマニュアルがあるから故、社会生活を営むにあたって無数のグレーゾーンに遭遇した時に、人としてなにが正しいかを考える力が衰えてしまったんでしょうかねえワタクシたちは。

法に触れていないけど「それいいの?」ってことありますよねえ。
その逆で「そんなことで?」ってころで法に触れる場合もありますよねえ。

なんでも杓子定規じゃつまらないですね。

寛容、緩さ、いいですね。

江戸時代のいいところを知りました。

それでは、お越しいただきありがとうございました~。