「共存在に属する、他者の開示性は、
現存在の存在は共存在であるから、
現存在の存在了解のうちに既に他者の了解がある、ということを意味している。」
今日の Sein und Zeit で、ビビッと来ちゃった一節。
そうだよね、すっごい納得できるし、すごく希望があるように感じる。
救いがあるっていうか。
他人て、自分と別個なんじゃなくて、それどころか、自分なんだよね。
忘れないようにメモしとこうかな。
自分を理解するには、必ずモノを介してのこと
↓
そのモノには、必ず他者との交渉関係がある(道具連関)
↓
だから、自我了解=他者了解である
私は、私を生きる。
私は、私をある。
そう思うとさ、
モノをどう使っているか、扱っているか、
他人をどうとらえているか、
ひとつひとつが全部自分てことなんだよね。
うーん、今の私にとっては、特に、如実!!!!
弟の一件があるからね。
いきなりこんなブログを書きたくなるくらい、すんごくビビッと来たんだよね。
今私が一番関心あることかもしれん。
卒論のテーマ考えるのにいいきっかけになるかもかも。
それにしても。
原文のドイツ語で打とうとしたら、Oのウムラウトが打てなくて断念したっていうww
どこかの親切な誰かさま。
どうやったら入力できるのか教えてくださいませ^^;