肩書き。

だれもがなにかの肩書きを持っていると思います。ただ、私は自分の肩書きに正直、興味がありません。
便宜上ついてまわるもの、位の認識です。
役割責任を果たすことと、肩書きを守ることは異、であることが前提での話です。

どうして肩書き、に興味がないのか。
それは、アイデンティティと肩書きは紐付かない、と考えているからです。
もしかしたら、紐付けされたアイデンティティ、即ち肩書きに執着や固執をすることが、社会のどこかにコミットしている自認になるのかもしれません。
ただ、私には、逆、に見えます。
肩書きならずとも、なにかへ、だれかへの執着や固執というのは、意外と安易なもので、どこか、なにがしかにコミットしている錯覚の様なものを享受してくれるだけのもの、の様に感じるからです。
対象物(コミュニティ含む)に擦り寄り、執着(錯覚)することで彩られた自己は、一方通行、若しくは、一面的に過ぎない様な印象を持ちます。
一面的な執着は、対象物並びにコミュニティにコミットしている様でいて、コミットを許容しきれない非寛容性を同時に持ち合わせている様に思います。異、や、否、を少しでも感じ取ることに対しての許容の器が小さい、というか、もし、自分が一方的に思い描いていた像に、かくあるべき姿ではない側面が見えた時点で、脊髄反射的に裏切られた感の様なものを感じ、安易に真逆の否定に転じる構図が透けて見えるからです。 
ただ、執念と執着は異なり、執念を持つことは大切だと考えています。対象物に向かうか、内包に問いかけるか、の差が両概念にはある、と考えるからです。
さて、執着にとらわれてしまった、こんなはずじゃなかった、という自己完結で作られた失望は、果たして他者を、対象物を許容している、コミットしている、といえるでしょうか?私は、否、と捉えています。
更に言うならば、その構図に圧倒的に欠けているのは、自己そのもの、だと私は思います。

私は、ですが、自分と社会や他者との関係性を、放射状のイメージで捉えています。自分が中心にいて、放射線状に様々なコミュニティや対象物があり、それぞれの融合がグラデーションを作っていて、包括的に円に近い様な形になっている、そんな感じです。なので、一見関係性のないコミュニティも自分の中では融合し合っていて、それが故に自己の整合性が取れる、とでもいいましょうか。
いわゆる自己中とは少し違った、自分に立脚していることから構成されている構図、といえば、聞こえがよいかもしれません。

昨今、多様性、という言葉をよく耳にします。
様々な場所で、多様性を考えたりする動きが見受けられます。それ自体はよいことだと思います。ただ、多様性を捉えるには、まず自分ありき、でないと、私は多様性の在り方を見失う様に感じています。
ワードやセンテンスを自分に取り込むことが、よくも悪くも簡単にできるからこそ、そのコレクションは果たして多様性といえるでしょうか?
手持ちの材料の数は多様性、とはいえない様に、私には感じられます。
料理に例えるならば、材料は目の前に沢山ある。
いざ、調理。けれど、調理用具がない。
材料=多様性にまつわるワードやセンテンス、調理用具=立脚した自己、調理=自己見解並びに整合、といったところでしょうか。考えたり、見解を持ったり、理解しようと努めるには、調理用具は必須です。材料を並べて眺める、だけで満足も否定はしません。むしろ、調理用具を持たずに調理をして借り物の調味料で味付け、の横行が、私には引っかかりと危惧を覚えます。多様性の暴走といいますか。

多様性を考えるには、まず、自分が内包する多様性に目を向けるプロセスが必要なのではないか、と、私は考えています。
それは、比較対象として考える、という視点というよりも、自己に立脚すること、内包する多様性を見つめることで、他者や事象がいかにグラデーションに富んでいるか、も見えやすくなり、コミットする、もしくは、したいコミュニティや対象物への包摂や寛容性も同時に見出せる様に感じるからです。
多様性と自己中心。一見、真逆な概念の様に思えますが、自己中心(自己の立脚)でないと、多様性の姿は捉えにくい、そんな見方もある様に思います。

多様性に富んだグラデーションの世界をいかに楽しむか?
それは、立脚した自己同士が、時には染まり、時には染め、多面的に双方向以上の次元で図れるコミュニケーション。理想の様に聞こえるかもしれませんが、そんなコミュニケーションの姿が真の多様性なのかもしれない、と私は考えています。

グラデーションをテーマに、第1回目を迎える、
レインボーになれなかった人のために、は、ぼんやりしたグラデーションの世界を、ぼんやりとした対話を通じて、それぞれのぼんやりを楽しみ、共有できたらいいな、と思っています。
多様性って何?と感じておられる方も、楽しめると思います。
詳細は以下の通りです。

第第1回。#レインボーになれなかった人のために  開催します!
日時:12月11日(月) 19時〜21時位(予定)
場所:アーク プライベートラウンジ カフェダイニング
tabelog.com/tokyo/A1303/A1…
会費はありません/出入り自由
興味のある方、DM下さい!
DMは、mobile.twitter.com/everyoneisally
まで頂きたく存じます。