午後7時過ぎにスーパーへ、今夜の夕食の足りないものを急いで買いに走った。
急ぎ足で歩く私と娘の目の前に、さっ!っと、二本のお箸が差し出された。
店頭販売の試食らしい。。。
でも、急いでいるのと、夕飯前におなかに入れたくなかったので
遠慮すると、そのお店の男性が・・・・
「 福島からきたのに?」と、言った。
え?福島って言った?・・・・・・被災地、原発・・・・瞬間考え・・・でも、
「 ・・・そうですか・・・今日はごめんなさい・・・」と言うと、
[ラーメンだよ!週末使えるし。」と、彼。
・・・・顔に出てしまったと思う・・・かなり困惑した気持ちが。。。
1000円程の商品、買えなくはなかった・・・。
ラーメン、食べないこともない。
被災地は応援したい!・・・・・ただ・・・
瞬間的に感じた違和感がぬぐいされない自分の気持ち。
「福島からきたのに?」の言葉。
?の後に続く言葉、気持ちは・・・
「買わないの?買うよね?だって、福島からきたのに・・・」
そう感じた・・・いや、考えすぎかもしれない。
震災後、多くの人が何か自分に出来ることはないかと模索した。
祈り、募金、物品援助、体力のある人や、動ける人は現地へ赴き、
自分達が「今」出来る方法で心を寄せた。
私は言葉で伝える仕事をしているので、正しい情報、人々の思いをタイムリーに
伝えることに努め、又一過性のものにならないよう、細くても長く伝え続ける事が、
自分の出来ることだと考え、又主婦でもあるので、
買い物するとき、被災地の農産物を買うなど、
普段の生活の中で無理なくずっと続けられる方法で、支援したいと思う。
????じゃあ、なんで「ラーメン」買わなかったの?って?。。
・・・心がどうしても動かなかったから・・・
募金箱を持って目の前に差し出されたら、募金しなきゃならない気持ちになる・・・
なんで?後ろめたさを感じるから?
ケチだと思われるから?
気持ちだから、しなきゃならないじゃなくて、自分がしたいから!が
たぶん正しく、強制であるのは・・・。
ボランティアに出かけたのに、食べ物、寝床を当然のように要求し、
帰りのガソリンも用意せず資源不足の現地で調達する・・・
それって違う。。。
自分の気持ちが動かされたからボランティアに向かったのでは?
話がそれたが、行動を起こす側も、受ける側も、
気持ちが同じ方向に向かってないと、一方通行の押し売りになってしまう。
それはとても残念なこと。
物販のお兄さん、もし本当に福島出身でいらっしゃって、こちらでがんばってらっしゃるなら
応援したい。沢山売れるといいなと心から思う。
本当に美味しいものならば、福島という名前を出さなくても売れるし、
又、売れた後や、試食途中で福島から来たことを会話の中で自然と出れば、
もう一つ余分に購入する人もいるかもしれないね。
賛否両論いろいろご意見がある事と思いますが、この違和感を整理する為の
一人議事録だと思って頂ければ幸いです。。。