紅天女試演の直前、伊豆の別荘で
真澄は、紫の薔薇の人としてマヤと会い
マヤへの愛を告白した。

紫織が正気に戻るまで待っていて欲しい。
必ず迎えに行く。

紅天女の後継者として、千草はマヤを指名した。


「いらっしゃいませ」受付嬢が声をかける。
バックパックを背負った長身の男性。
グレーのパーカーのフードを被り、両手をポケットに入れたまま、人懐っこい笑顔で言う。
「青木はじめです。速水社長とアポがあるんですけど」

明らかに疑ってはいるが受付嬢はマニュアル通りに対応する。
「確認いたしますので、お待ちくださいませ」

秘書室に内線をかけ要件を伝えると
意外にもお通しするよう指示される。

「青木様、お待たせしました。
あちらの向かって左側のエレベーターへどうぞ」

役員専用のエレベーターは、青木が前に立つ直前開き、階数ボタンなど押さずとも進むべき階へ向かう。

エレベーターの扉が開くと、真澄と役員らしき上質なスーツの男性陣と秘書達が並び迎える。

「わざわざお越しいただきありがとうございます。
株式会社大都芸能の速水真澄です。
どうぞこちらへ」
簡単な挨拶だけで応接室へ促す。

「改めまして、株式会社大都芸能 代表の速水真澄です」と真澄が名刺を差し出した。

「あ、、、名刺。
すみません、名刺がないのでこれでお願いします」
っとスマホのQRコードを差し出した。

真澄はにこやかに内ポケットから出したスマホでQRコードを読み取り、Webサイトを開く。

「青木一(Hajime Aoki)」

LINEとWebサイトのリンクがあるだけ
会社名も住所も電話番号もない
無機質、、、ハジメへの第一印象だった。

「あおきはじめです。
漢字だと、あおきーーーってね」
何が可笑しいのか笑う顔は美形で
自分と同じぐらいの背丈、パーカーにデニムで若く見えるが、たぶん同年代だろうと真澄はにこやかな笑顔の下で観察した。

「青木様は、最近帰国されたと伺いました。
しばらく日本にみえるご予定ですか?」

本題に入る前の雑談
当たり障りのない会話の予定だった。

「あゝ、そうか、、僕は日本人だから『帰国』になるんですね。目的のものが手には入ったら、日本に用もないので。」

「お住まいは、フランスですか?」

「いやーお住まいって。
僕は、ずっと旅をしているので
住まいを決めてないって言うか。
でもまぁ、、、そうですね。お住まいが必要になるから、そろそろ決めないとなぁ」

「日本にいらっしゃる間は、ご実家にご滞在ですか?」

「いいえ、帰国前に神田のビルを買って改装させたので、取り敢えずそこに。
僕、実家はどうも苦手で」後頭部を手で掻きながら罰が悪そうに笑う。

「あ!実家といえば!
速水さんは僕の妹とは、面識がおありとか」

「え?」

ハジメは、旧財閥の青木家の長男だった。
皇族とも縁があり、前首相は青木家の分家出身
会社規模でも鷹宮の数十倍で、高齢になっても鷹宮翁自身が折々の挨拶に出向くほどだった。
その青木家本家の妹と面識はないはずだった。

「子供の頃は、似てるって言われていたんですけど。この歳にもなると流石に似てないのかなぁ」


「青木麗ですよー」ケラケラとハジメが笑う。

大都芸能の事前調査でも出てこなかった。
マヤと一緒に暮らす青木麗が青木家の娘?!

青木ハジメに合うことになったのは、鷹宮のためだった。
紫織を精神科に入院させて治療させるため、
真澄は紫織との婚約を破棄せず大都芸能と鷹宮との事業提携だけでなく、鷹宮本体の次期総帥として扱われていた。そのため、青木ハジメが仕掛けてきたグループ会社一部の敵対的買収の沈静化を鷹宮に請われたのだ。

真澄は、紫織が正気に戻ったら婚約を破棄し
マヤと共に生きる覚悟でいた。
大都芸能との事業提携は、進めず
とはいえ、鷹宮本体のために誠心誠意努めていた。

「あ、、もう見ました?
まだか、、、それにしても動き遅くないですか?」

応接室のドアがノックされ、入ってきた水城がメモを真澄に渡した。

鷹宮が事業の一つを失い、5,000億円の損失を負った知らせだった。

「僕が来たって受付から連絡があったとき
速水さんは、株価のチェックをしてたんでしょ?
そして、僕を出迎えてくれた。
この応接室に通されて、2分40秒
連絡が来るの、、結構時間かかっちゃうものですね」

数秒の沈黙の後
真澄は静かにソファーの背にもたれゆっくり言う。
「エレベーターに乗ってる間ですか」
「ええ、そうです」
にこっと笑ったハジメの笑顔は、屈託がない。



鷹宮の事業を守るための鷹宮がハジメにアポイントをとったが、ハジメが会いたいと言ってきたのが真澄だった。そして、この日のこも場所、この時間を指定して来た。

「はい、あなたが事態に気づくのに何分かかるかなぁーって思って。
鷹宮さんにちょっとお仕置きしてやろうっていうのは決めてたんでね。」

ちょっとお仕置きというレベルではない。
この青木ハジメ、青木家の御曹司というだけでなく
世界中で恐れられている投資家だ。
何を考えている、何が起こるんだ?
真澄は動揺を抑え、ハジメを観察する。


「鷹宮の娘が、マヤちゃんに指輪泥棒の濡れ衣をかけたことが許せなくて」

マヤ!?