2026年のゴールデンウィーク ちょうど日本に一時帰国していた5月
タイ国の大学4年生になった息子が東京の某大学研究所に留学するというので(勉強ではなく研究)
それならばと、勉強で飽き飽きしてそうな浪人生の娘も一緒に三人で集まろうという計画になった
娘の進学志望はGMARCHらしいので下調べに丁度いいと考えて出費を覚悟した
18歳の娘にとって東京は18年ぶり
というより お母さんのお腹の中での東京旅行だったので記憶にないという
私にとっても18年ぶりなので懐かしい気分
親子が3人で集まるのは かれこれ娘が日本へ移住する直前なのでコロナ禍になる前の2018年12月
実に7年と5ヵ月ぶりになる
私が日本に住んでいた時代は商売を生業としていたので祝日祭日は休暇ではなくて稼ぎ時だった
人ごみにまみれて遊びに出かけた記憶はない
東京で雇われていた若い頃は休暇になるとバイクで遠出したような気もするが それから33年のブランクがある
「なんでわざわざ割高なシーズンに物価高な東京へ行かなきゃいけないの?」
などと愚痴りながら馴れない飛行機とホテルの予約をするべく旅行サイト検索する
もちろんJALとANAのキャリアは選択肢にないが格安航空といえどもゴールデンウィークに安価フライトはなかった
3人の日程を調整するとギリギリのタイトなスケジュールのなるので往路はピーチエアー、復路はスターフライヤーなる聞いたこともない割安航空機を予約した
ホテルは大学まで電車で一本で行ける場所が良い
そんな場所にツインで一泊15000円なんて部屋があるわけもなく(20年前の感覚)
そればかりか東京のツイン部屋は満室、仕方なくシングルを二部屋 東京23区でもっとも田舎だと思われる赤羽のホテルを予約した
当日は娘の試験日だった事もあり夕方発 東京到着は夜9時ごろ
ここでハプニング 福岡空港へ向かう電車の中で気付いたのだが羽田のつもりが成田行きを予約してしまっていた
まいいや、どっちも関東には違いない
しかし夜9時到着では成田エクスプレス終電には間に合わない さてどうする?
空港に到着してネット検索して成田から東京への交通手段を探す
JRではなくて京成スカイライナーという私鉄があるらしくてギリギリ間に合いそうだ
ピーチエアーの座席はエアーエイジアのそれと同じで とにかく椅子が狭くて窮屈
ガチガチの尻イタシートだが国際線と違って2時間なので問題ない
成田空港へ到着するなり「京成ライナーとやらはどっちだ?」 見慣れぬ空港内を娘と走った
空港内をバタバタ走っていると思い出す
前回成田空港へ来たのは忘れもしない2020年コロナ禍になる直前だった
ちょうど娘の小学校卒業式に参加するべく一時帰国していた時にパンデミック宣言がなされて
朝のニュースで世界中が一斉に国境を閉鎖するのだと知って「あダメだ、もう全ては終わった」と呆然自失
それを見た娘が「可能性があるなら今から飛行機に乗った方がいいよ!」と背中を押してくれた
当日券で予約を試みるも、日本の窓口は成田空港だけに限定されていた
間に合いそうなバンコク行きはANAビジネスクラスしかない
考えている暇はなくて大枚をはたいて購入、スーパーダッシュで荷物を詰め込んで電車に飛び乗った 国内線は電車の中でスマホ予約(日本のスマホとVISAカードがあって良かった)
福岡空港ANAカウンターの社員に発券をお願いするも「自分でやってください」とツッケンドンな態度に面食らった(日本の発券システムを知らない)
到着した成田空港は国境閉鎖のためか人影まばら ANA国際便の発券カウンターは既に閉まっていて「すみませんタイ国行きなですけど」とお願いした
誰もいない国際線免税店を抜けて搭乗スペース前にはタイ人が5人とトランジットの西洋人がふたりだけ そして日本人(私)が1人という少なさに目が点になる
成田の夕日がやけにまぶしかった タイ国到着は夜中の12時辺りだ
タイ国のスワンナプーム空港のイミグレは夜中12時に閉鎖するというので到着後スーパーダッシュで走ればギリ間に合う
入国拒否されたならしょうがない、お願いして日本行き貨物便にでも乗せてもらうしかないと覚悟を決めた
搭乗してみるとボーイング777のビジネスクラスには自分一人だけ 振り返るともちろんエコノミーもガラガラだ
「クソ、騙された」と思うが 飛べるだけ有難いので不満を言える身分ではない
TGのフライトアテンダントは態度の偉そうなケバイねーちゃんというイメージだが、それと違ってANAのフライトアテンダントのお姉さま方はプロフェッショナルな訓練を受けているなと感じた 飲み物を配る時など横に跪いて下の方から接待する
まるで時代劇で見た 殿様の横にいる腰元っていう感じなので「くるしゅーない」というセリフがピッタリだ
しかもクラブのホステスやキャバ嬢がやってそうな(行った事ないから知らないが)オヤジホイホイ的な甘え方が上手なようで
「タイで起業する話があるのですけど どうでしょうか?」と質問が来たので「危ないから止めといた方がいいですよ」と率直に答えてしまって彼女を口ポカにさせた(会話を楽しむような状況でもない)
「バックに有力な人物がいなければ根こそぎやられますよ、あの国で法律も弁護士もあてにはなりませんから」と付け足してドン引きさせてしまった
「逆に味方であるはずの法律や弁護士なのに、手数料の割り増し欲しさにクライアントであるはずの自分をがんじがらめに縛り付けて動けなくする、よってタイ人とトラブっても勝ち目はない そうなれば資金回収はまず不可能となる 魑魅魍魎と渡り合えるだけの人脈が必要」とまでは言わなかった
そうこうするうちにバンコクへ到着 ドアが開くまで身体をウォーミングアップ
時刻は11時55分 間に合いそうだ いや間に合わせる
ドアが開くと同時にGO!! 猛ダッシュで暗闇のスワンナプーム国際空港の長い長い通路を走り続けた
あの24時間賑やかな空港内に人っ子一人いない
運動不足なのでハーハー息が上がり 思ったようにモモは上がらない 暗闇の向こうの方に人影が見えた
ヤバいもう閉鎖した?
すんません入国お願いします!!
「はあ? なんで今頃?」という顔の職員はテーブルに戻ってゆっくりとパスポートと労働許可証をチェック始めた
その間に同乗のタイ人5人が到着してサッサとノーチェックで入国していった
ほどなくして西洋人2人も到着してトランジットはあっちだよと連れて行かれた
時刻は12時20分を過ぎただろうか、入国する外国人は一人っきり
トボトボと到着ロビーへと抜けた
当然ローソンは閉まっているから 恒例のおでんは食せない
国内線は明朝発 見えないウイルスに怯えながら広くて暗い到着ロビーに1人ぼっちで夜明けを待った
もしあの時、強引に飛行機に乗るよう娘が進言しなければどうなっていたか
その時点で会社はポシャっていただろう
もちろん就労VISAや労働許可証は失効
3年弱の国境封鎖 会社所有の不動産はどうなっていた?
考えただけでも身震いがする
あのライバルであった同業者の会社は潰れていると従業員から知らされたのはコロナ1年後だろうか
その東京本社をネット検索してみると なんと日本法人も倒産していた
彼は国境封鎖と知って飛行機に乗らなかったのだろう
私は乗った
ただそれだけの判断の違いであるが、その後の結果には天と地の差があった
話はもどって京成ライナーは成田から上野まで直行になっていて到着は夜中の10時半ごろ
そこから乗り換えて赤羽駅まで埼京線の乗った
私にとっては懐かしい東京、22歳から27歳まで5年間を暮らした東京はタイムマシーンで時間を戻したような不思議な感覚
娘にとって初めての東京はどう映ったか
深夜の赤羽駅は人通りが多くて娘は圧倒されている「いま何時なん? 9時でしょ?」
いや11時過ぎてるよ 「はあ?なんでこんなに人がおるの?(゚Д゚;)」
何言ってんだ、赤羽は人が多い方じゃないよと言うも娘は聞いちゃいない
「博多の6時頃と同じやん、どんなんなっとんのここ 気持ち悪い!」 完全に圧倒されていた
こんな田舎もんメンタル丸出しで新宿や渋谷へ行くと泡吹いて卒倒しかねんなと思いつつ
「ひろゆきいるかな? その辺に歩いてない?」なんていって地元有名人の名前を出して楽しませようとするが
もう娘の気分はダダ下がりでホテルに到着するなりバタンキューで意識を失ったらしい
明朝は息子の住むゲストハウスがある田端駅で待ち合わせ、そのまま鎌倉へ行く
長くなったので次回につづく