from dusk till dawn -9ページ目

今日は、普段あんまり人に言えないつぶやきブログです・・・・・ちゅき




リーマンブラザーズって、サラリーマンの兄弟かと思ってたうっ・・・

ぜんぜーん違ってました・・・・・・・・。



今日は本当は勉強しなくちゃいけないんだけど

なんだか気が乗りません・・・・しょぼん試験迫ってるのにえっ・・・

のりません、とか言ってる場合じゃないんだけどさぁうっ・・・



最近、友達(男)に彼女ができてふっ

地元を離れたから、もう半年くらいは会っていないんだけど

「彼女ができたよーWハート」ってうれしそうにメールを送ってきたぁきゅんっ

なんだか、私まで胸がキューーーンはぁはぁ

まっすぐなイイ男なんだよなぁきゅんっ

彼女がいない方がおかしいって思ってたんだけど・・・よかった★彼女できてほのぼの




変なことを思ったりしたんだけど~ンー

結婚したってことは、たとえば、ほかの男の人に恋心を抱くってことはできないわけなんだよなぽかん

別に、旦那ちゃんにいやなことがあるとか、そんなんじゃないけど、なんとなく・・・・・・・・。

今までは彼氏だったら「クッソ!別れる!!」って思って、実行できちゃってたわけよねンー

ところが、結婚したら、すぐにすぐ「別れる!!」なんて選択肢は出せないわけよねンー

子供ちゃんなんて産まれてきたりしたらやっぱり離婚なんて、ちょっと考えちゃうよねンー


シングルマザーの人って、きっとものすごいがんばってるんだなぁぷぅっスゴイ


っていうのも、このまえ、超好みの男前ちゃんを発見してしまいましてヤダワァ・・・

旦那ちゃんには言えないし、どこの方かもわかりませんが。。。

ま、見かけただけなので、何がどうってこともないんですがねチュゥッ

ちょっとだけ胸がキュゥンんもうっとなったんですぷぅっ



チョイ先の話だけど、12月にスピッツのライブに行くことになりましたあひゃっチケが取れたのよーうっとり

もちろん、旦那ちゃんとデレデレ

楽しみデスんもうっ久々ハジケテきますチュッチュ


あああ・・・・・!!!!!!!!!!

トマトに水をやろうとしたら、む、虫がうっ・・・

旦那ちゃん帰宅まで見なかったことにしよう・・・ンー



あー、今日も思ってること、書いちゃったほのぼの

ちょっとスッキリうっとり



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いざ回顧記事を書こうと思うと
回顧4から、なんかこみ上げるものがあって
なかなか書くことができませんうわぁ~ん
もう自分の中では落ち着いてると思っていたのに・・・そうではなかったようですメソメソ
なので、ちょいと中休みチュゥッ

今日は土曜日なのに旦那ちゃんは休日出勤・・・んもうっ
残念なような、でも一人の時間を楽しめるからまぁいっかにま~的な感じもあるぅぽけ~
ゴメンョ、旦那ちゃんあひゃっ

最近は、お買い物も行ってないし、通販もしてないし、で
なんだかジワジワとお買いものしたい病髑髏が発症中な感じです・・・
こうなるともう、誰にも、私を止められないふふんっ
昨日もそういう気配を遠くから察したのか、母から電話が。

「ちょっと!!あんた!買い物ばバカみたいにしよんやなかね!
あんた今働いとらんっちゃろ、働いとったときみたいにバカスコバカスコ買いよったら
○○君がかわいそうやろうもん!しっかり節約せんといかんばい!」

・・・あのー。私の話を聞いておくれよ、お母さん・・・ンー
今、私の人生で一番節約しているよーがぁ~ん
っていうか「バカスコ」久々に聞いたしほのぼの
よくよく考えると「バカスコ」って何よ???ドキドキ
てゆうかバカスコまでは買いませんってーヤダワァ・・・ンモゥ

でも本音はハンズとか行って、超ムダなものをスンゲー買い込みたい気分~んもうっ

あー。バカスコで思い出した!!!!!!!!!!!!!


コストコ行きたい・・・かぁっ



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2008年3月4日


あのお客様に電話をした。

もう一度謝って、もう一度気に入っていただけるように努力いたします、と何度も言った。


一応決着はついた。

お客様も「まあ、わかってくれればいいんだけど」とかなんとか。

結局はちょっとわがままを言いたいだけだったんだろう。


その日の夜。

私はなんだかとてもイライラしていて、旦那にも当たってしまっていた。

お客様とは決着がついたのに。

イライラの原因なんて、もうないはずなのに。


旦那ちゃんが「ねえ、あんたの足の色、ものすごい紫!」

自分の足を見ると、うっ血したような、紫色の冷たい足。

旦那がさすってくれていた。

その手さえもイライラしていた。触らないで!

言おうと思ったけど、私の体が少しでも楽になればと思ってくれている彼の手を止めるのはやめた。


明日は健診だ。

足が冷たくて紫になってたよ、って先生に言おう。


お風呂にも早めに入った。

眠くて眠くてしかたなかった。


お布団に入って、何分もたたないうちに眠ってしまったと思う。




2008年3月5日 早朝


夢を見た。

洗面所で、私は下半身裸で、座り込んで壁に背中をもたれ

足を開いて自分の股間をじっと見ている。

ただ見ているだけ。


お腹が痛いのと、その夢のなんとも言えない気持ち悪さで目が覚めた。


お腹がズドンと痛い。

今までと違う。

3時。

どうしよう。

我慢できるかな。

今日は健診だしな。


目をつぶったけど眠れなかった。


結局、お布団で丸まって横になっていた。


6時過ぎ。

旦那の弁当も作れないくらい痛くなっていた。

立つのがつらい。

旦那は病院に連れて行こうか、と言ってくれたが

私は、大丈夫、自分で行くから、と言った。


トイレに行った。

おしっこは普通に出たが、ティッシュに一筋の血。


血はポリープで見慣れていたけど

なんだか、この血は、嫌な感じがした。


9時から検診。

頑張って着替えて、車を運転して、病院までの道を走る。

その途中からも腹痛が激しくなり、暑くもないのに汗が出てきた。

信号待ちが長く感じる。

早く青になって。

発進したものの、お腹が痛くて目の前がかすんでくる。

「この痛みから解放されたい」

だんだんそう思っていた。

もしかしたら、このときから、私はあきらめていたのだろうか。

だって、この腹痛、尋常じゃないよ。

早く早く。


病院について、再来機を通ったかどうか・・・

受付で「すみません、今朝からお腹が痛くて、とても痛いので、先生にそう伝えてください」

採尿、保健婦さんのお腹や体重の計測の最中も「痛いんです」連呼していたように思う。

それから、何分間かしか、たぶん待たされてないはず。

でも、すごく長く感じた。


私の顔を見るなり、何かわかった、って顔した。

自分でも、もう、何かはわからないけど、何か良くないことが起こっているんだと確信していた。


「脚がね、出ちゃってるんだ」


先生が残念そうに言った。


エコーを見ると、まだ、ハヤトは、心臓を、動かしている。

「動いてるよ、先生」


「羊水もね、少ない。破水、あった?」


なにがなんだか。

破水なんか知らないよ。


「○○さん。ごめんね、もう、赤ちゃん、ダメだと思う」


思う、って言ってくれたのが、たぶん、先生の優しさだったのかな。


涙が出てきて止まらない。

声を出して泣きたいけど、声も出ない。


脚が出てるなら、脚を中に入れてよ!

羊水少ないなら、これだけ医学が進歩してるのに、羊水の代わりとかないの!?


お腹でハヤトは心臓動かして、まだ生きてるのに「あなた死んじゃうのよ」って

どうしてママになる私が思わなきゃいけないの。


どうにかならないの!!!

どうにかして!!

助けて!

私は死んでもいいから、この子を助けて下さい!

まだ生きてるんだよ!今朝もお腹の中で動いたもん!


先生に言った。


先生は「ごめんね。もうどうにもならない」。分娩室にこれから行くからね、最後に頑張って産んであげようね」


私ができる、ママとしての最後の仕事。

分娩。


この世に産んであげること。

生きていけないけれど、産んであげなくちゃ。


でも、本当に心からそう思えたのは、陣痛も間隔が狭くなり、いよいよ産むというとき、分娩台でのことだった。


2008年2月


ポリープはなぜか小さくなり、出血も少なくなっていた。

このままだったら、普通分娩で産んで、その時にチョイチョイっとポリープも切除しようか、と。

先生に「もう働いてもいいよ」と言われ、安定期にも入っていたため

仕事に復帰することにした。


稼がなきゃ。


そんな思いで、やる気マンマンな妊婦だった。


職場でも皆が気を使ってくれることが多かった。

ただ、今までの女性従業員、誰も既婚者がいなかった・妊娠経験者がいない、

これって、結構、初めての妊婦には辛い職場だってことも、思い知らされた。


階段の上り下りを平気でさせる、荷物を持たせる、立ち仕事・・・

私も「やってやる!」くらいの勢いで出勤していたものだから

仕事量を減らしてほしい、なんて言う気もなかった。


今思えば、みんなに何を思われても、仕事を減らせばよかった。

むしろ、もう、休んでしまっても良かったかもしれない。

・・・かもしれない、なんて言ったって無駄だけど。


妊婦だけど頑張ってるって、認めてほしかったのかもしれない。



健診でも、充分育ってるハヤトを見て「さすが我が子!」なんて思ってたりしてた。

日に日に目立ってくるお腹をさするのが楽しみになっていた。

朝の出勤前には「今日もママと一緒に一日頑張ろうね」って話しかけながら準備してた。


あるとき仕事中にお腹に「グゥゥゥ」と腸が動く感じが・・・

胎動を初めて感じた。


ものすごく幸せだった。


産まれてきたら、どこに連れて行ってあげようかな。

食べ物の好き嫌いのない子にしたいな。

でもパパとママの子だから、偏食しちゃうかなー。


仕事中もチョイチョイお腹のことを考えながらやってた。




2008年3月。


あるとき、お客様(50代・男性)からのクレームがあった。

私が妊婦だと知っていても、重たいものを持たせたお客様だ。

その際には「妊婦だと知っているのに、思いものを持たせて、嫌な人!」

と思ったのを覚えている。


私の態度、言葉、ま、平たく言うと、すべて気に入らなかったのだろう。

私に対して、謝罪とこれからどうやって誠意をみせてくれるのか、と

電話がかかってきた。


私自身は、身に覚えもなく、悪い言葉を使った覚えもないし、

態度もほかのお客様よりもむしろ良い印象を与えるように頑張った方だった。

(最初から私はこのお客様の印象があまり好きでなかったので、わざと腰を低く低く接していた)

人より長いつわり期間だったので、吐き気が続いてはいたけれど・・・そういうことかな。


私としては、悪いことをしたなんて覚えはないけれど、接客業ということもあり、申し訳ありません、と何度も謝った。

どうせ謝るなら(言いかた悪いけど)うちのお店を好きになってもらいたいと思っていた。

でも電話で一回謝っただけでは納得されなかった。

また2日後に私から電話をすることになった。


その日は家に帰っても、そのことが頭から離れず、寝れなかった。

妊婦にはストレスが一番悪い。

一生懸命、そのお客様のことを考えまいとするけど、頭から離れなかった。


2008年1月末。


つわりもひどく、食べられず、体重もどんどん落ちて行った。

精神的にも不安定で、仕事は休んでいたが

家でじっとしてることがつらくてたまらなかった。


私はまだ元気だし働ける!

なんでじっとしてなきゃいけないの!


実際はほかの妊婦さんより、ひどいつわりで

外出もなかなか一人でできないほどだった。

でも認めたくなかった。


お腹も少しだけ出てきた。

このとき4か月。


出てくるお腹を見て、ものすごくブルーになった。

ちっとも幸せだと思わなかった。



だけど、少しだけ変化があった。

健診でのこと。

超音波のときに画面で見た赤ちゃん。


ちゃんと手足があって、頭があって、ぴょこぴょこと動いている。

初めて見たときは自分のおなかの中のことだなんて信じられなかった。


私が声を出すと、お腹の中でくねくねして動く。

反応してるのかな。


「かわいい」


思わず声に出てしまった。

先生が「かわいいでしょ。よく動く子だね」


遅ればせながら、私に少しだけ「母性」が出てきたころだった。


ただ、一つだけ、先生に気になることがある、と言われた。


ポリープが育ちすぎ、そのほかに腫瘍(検査の結果、良性)もある。

分娩に支障がなければ、そのまま普通分娩。

支障がある大きさになってしまえば、帝王切開。

妊娠期間中に大きすぎるコブになってしまったら、安定期に入ってから開腹手術。


これをどれかの方法でクリアしなければならない、と。

出血はまだまだ治まっていなかった。

むしろ、どんどんエスカレートしてる感じで、怖かった。