2008年3月4日
あのお客様に電話をした。
もう一度謝って、もう一度気に入っていただけるように努力いたします、と何度も言った。
一応決着はついた。
お客様も「まあ、わかってくれればいいんだけど」とかなんとか。
結局はちょっとわがままを言いたいだけだったんだろう。
その日の夜。
私はなんだかとてもイライラしていて、旦那にも当たってしまっていた。
お客様とは決着がついたのに。
イライラの原因なんて、もうないはずなのに。
旦那ちゃんが「ねえ、あんたの足の色、ものすごい紫!」
自分の足を見ると、うっ血したような、紫色の冷たい足。
旦那がさすってくれていた。
その手さえもイライラしていた。触らないで!
言おうと思ったけど、私の体が少しでも楽になればと思ってくれている彼の手を止めるのはやめた。
明日は健診だ。
足が冷たくて紫になってたよ、って先生に言おう。
お風呂にも早めに入った。
眠くて眠くてしかたなかった。
お布団に入って、何分もたたないうちに眠ってしまったと思う。
2008年3月5日 早朝
夢を見た。
洗面所で、私は下半身裸で、座り込んで壁に背中をもたれ
足を開いて自分の股間をじっと見ている。
ただ見ているだけ。
お腹が痛いのと、その夢のなんとも言えない気持ち悪さで目が覚めた。
お腹がズドンと痛い。
今までと違う。
3時。
どうしよう。
我慢できるかな。
今日は健診だしな。
目をつぶったけど眠れなかった。
結局、お布団で丸まって横になっていた。
6時過ぎ。
旦那の弁当も作れないくらい痛くなっていた。
立つのがつらい。
旦那は病院に連れて行こうか、と言ってくれたが
私は、大丈夫、自分で行くから、と言った。
トイレに行った。
おしっこは普通に出たが、ティッシュに一筋の血。
血はポリープで見慣れていたけど
なんだか、この血は、嫌な感じがした。
9時から検診。
頑張って着替えて、車を運転して、病院までの道を走る。
その途中からも腹痛が激しくなり、暑くもないのに汗が出てきた。
信号待ちが長く感じる。
早く青になって。
発進したものの、お腹が痛くて目の前がかすんでくる。
「この痛みから解放されたい」
だんだんそう思っていた。
もしかしたら、このときから、私はあきらめていたのだろうか。
だって、この腹痛、尋常じゃないよ。
早く早く。
病院について、再来機を通ったかどうか・・・
受付で「すみません、今朝からお腹が痛くて、とても痛いので、先生にそう伝えてください」
採尿、保健婦さんのお腹や体重の計測の最中も「痛いんです」連呼していたように思う。
それから、何分間かしか、たぶん待たされてないはず。
でも、すごく長く感じた。
私の顔を見るなり、何かわかった、って顔した。
自分でも、もう、何かはわからないけど、何か良くないことが起こっているんだと確信していた。
「脚がね、出ちゃってるんだ」
先生が残念そうに言った。
エコーを見ると、まだ、ハヤトは、心臓を、動かしている。
「動いてるよ、先生」
「羊水もね、少ない。破水、あった?」
なにがなんだか。
破水なんか知らないよ。
「○○さん。ごめんね、もう、赤ちゃん、ダメだと思う」
思う、って言ってくれたのが、たぶん、先生の優しさだったのかな。
涙が出てきて止まらない。
声を出して泣きたいけど、声も出ない。
脚が出てるなら、脚を中に入れてよ!
羊水少ないなら、これだけ医学が進歩してるのに、羊水の代わりとかないの!?
お腹でハヤトは心臓動かして、まだ生きてるのに「あなた死んじゃうのよ」って
どうしてママになる私が思わなきゃいけないの。
どうにかならないの!!!
どうにかして!!
助けて!
私は死んでもいいから、この子を助けて下さい!
まだ生きてるんだよ!今朝もお腹の中で動いたもん!
先生に言った。
先生は「ごめんね。もうどうにもならない」。分娩室にこれから行くからね、最後に頑張って産んであげようね」
私ができる、ママとしての最後の仕事。
分娩。
この世に産んであげること。
生きていけないけれど、産んであげなくちゃ。
でも、本当に心からそう思えたのは、陣痛も間隔が狭くなり、いよいよ産むというとき、分娩台でのことだった。