Steve Martinの"Pretty Flowers"を聴きながら。
 心がざわついて眠れない。
 アマレットをロックで飲む。
 2杯目はウィスキーで、後口が甘いものが好きなのだと改めて思う。

 涙が出て来るのに心がここにない感じ。
 そういうこと、たまにある。
 だから眠れなくても仕様がない。
 それで、3杯目にはいる。
 バンジョの音が切なく鳴って、これは愛の歌なのに。
 私には誰もいない。
 その絶望にただ絶句する。
 夜が終わればいいのになぁ。
 
 夫の元に帰って来た。 
 逃げていたわけではないのに、帰ってくるとどことなくぎこちなさを感じる。
 夫は外に出ていない。
 私は書き物をするために夫の書斎を拝借していた。
 
 泣くことと笑うこととどっちが大変か。
 そんなとっくに答えの出ている質問を、今日も自分に投げかける。
 それは、愛することと憎むことのどちらがより簡単かという答えと一緒である。
 
 ストリートから這い上がってくる怒鳴り声を聞く。
 厚い厚い窓を破って声が薄く響く。
 格好悪くても粋がって生きればいいのに。
 それは、全く相反することの様で実態は同じだ。
 胸が痛い。
 だから感情はあるのだ。
 使いわけることが出来るかは別としても。

 嘘をついてでも傍にいることが出来れば良いと願ってしまった馬鹿げた女。
 笑って笑って笑えばいいのに。
 そのくらいしかないのだろうに。
 音楽が入って来ない。
 こんなことは珍しい。
 一気に環境が変わってしまったせいかも知れない。
 
 夫婦となって1年にも満たないのに、夫に1ヶ月弱会っていない。
 毎日遠くに映る顔は見るけれど、元気でやっているのだろうか。
 夫と離れて寂しいと、思わないと言えば嘘になる。
 でも離れて今は安心と、思わないでもない自分がいる。
 
 それなのに、何故か再会を心待ちにしてしまう。
 夫は私にとってとても不思議な存在だ。

 1ヶ月ほど前、バーで飲んだマティーニの味。
 甘くて、苦くて、毒の味。
 忘れられない味だった。
 あれからほんの少ししか経っていないはずなのに。
 心と身体は全く別の位置にある。

 夫に感じるときめきと、他の誰かに感じるときめきが全く違うものだと気付いた。
 気付いて茫然自失となった。
 そこから感情が浮き上がって来なく、今はただ、"nothing appeals to me"だ。
 
 
 ラム酒にほんのちょっとコーラを混ぜて、ライムをたっぷりと絞る。
 Amy Winehouseを聴いている。
 Back to Black。
 
 "We only said goodbye with words
I died a hundred times
you go back to her and I go back to us"

 どこまで悲しい曲なんだろうかと思う。
 お酒を飲む時にぴったりだ。
 
 嘗めるように飲むべきお酒なのに、オールドファッションのカクテルグラスになみなみ注いだ大半が消えている。
 Amy Winehouseの声が響く。
 ちょっとはすっぱで開けっぴろげで大人っぽくて、その倍くらい子どもっぽい。
 
 "Moody's Mood For Love"。
 今の気分にぴったりの曲。
 お酒がまわって来たのかしら。
 Blossom Dearieが歌ったものも好きだった。
 Amyが歌うと曲はガラッと変わる。
 音楽は人の心を豊かにする。
 ジャズは私の平坦な人生を照らしてくれる。
 
 スネにも心にもキズがある人たちに。
 ジャズはしみじみ響き渡る。
 
 
 
 先週はストームが続いた。
 雨の日が多かったのに、聴いていたのはCassandra Wilsonの”Harvest Moon”。
 とても素敵な月夜の晩に聴きたい曲ではあるのだけれど。
 
 君のことをまだ愛しているから
 月夜の下で
 ダンスしている姿をまた見たい

 そんな風なことって本当にあるのかしら。
 愛ってそんなものかしら。
 
 世の中には色んな愛の形が溢れているので、それに触れる度に混乱してしまう。
 愛の形が一つだったらもっとずっとシンプルなのに。
 シンプルに生きることはとても難しいのだって。
 改めて何度も気付かされる痛み。
 皆抱えているのだろうか。
 ずたずた。
 びりびり。
 色がない。
 音が聞こえて、もうおしまい。
 暗くなって、もうおしまい。

 Brahmsのピアノソナタ第三番。
 私の世界が破綻するおと。
 
 感情にばらつきがあると、生きることが苦しくなる。
 私は確かに結婚して夫の妻になったのだけれど、だからといって私が感情が死んだわけではない。
 結婚する前よりマイルドになった面と、より一層ざわつく面と。
 
 週末、久しぶりに夜街を歩いた。
 タイムズスクエアのミニチュアの様な通りを一人歩いた。
 ありとあらゆる種類の人間がそこにいて、私のように歩いていた。
 
 背筋を伸ばしてまっすぐ歩いた。
 Amos LeeのSkipping Stoneを聴きながら。
 夫との恋愛を通り越して、何故か17の夏を思い出した。
 その頃大切だったクレージュのポーチと、よく食べていたプリントップ。
 好きだったお茶の味。
 気に入っていたCraig Davidのアルバム。
 そうしたことが頭に浮かんでは消えた。
 過ぎ去って行った恋人のことを歌った歌だったはずなのに。
 恋のことなんてちっとも思い浮かばなかった。
 
 夜の街を散歩すると、普段思ってもみないことが突然頭をかすめる。
 街のネオンと人の足音に、ちょっとずつあぶり出されて。
 
  
 夫が家にいる時間。
 本を読むとき。
 お酒を飲む前。
 Tujiko Norikoの音楽をよく聴く。
 昼の光にとけて消えそうになる。

 昨日は夫とお酒を飲んだ。
 夫はいつもグラスに半分注いだお酒に、一度だけ口をつける。
 毎夜何かに乾杯して、その後の一口だけ。
 
 胸が苦しくなる。
 結婚しても心は消えないのだ。
 ディズニーの映画のように、ハッピーエンドで終われないのだ。
 
 例えば、子どもを持つということ。
 家事を、毎日同じ量こなすということ。
 毎日笑顔でいられるか、ということ。
 これらは皆同一線上にある違う種類のことだ。
 
 夫と意見が食い違うとき、どうしたらいいのだろうと目眩がする。
 同じことを求めていたかったのにと、ずんとする。
 どこで食い違ってしまったのだろう。
 なんて思いながら、その場に佇んで途方に暮れる。
 いい加減で大人になりたい。
 
 
 今日は一段と孤独が深まる。
 助けて、とはでも言えない。

 Norah Jonesの甘い声。
 色んなレベルの寂しさが一緒になって襲ってくる。
 逃げ出すのは容易でない。
 逃げなければ、逃げなければ。
 頭の中で警鐘が鳴る。
 
 今日も一人。
 明日も一人。
 いつもいつもいつだって、ひとは一人。
 夫より先に目が醒めた。
 夜寝られなくて、夢見も悪い。
 心臓が音を立てて鳴るので飛び起きて、でも夢は覚えていない。
 
 Yo Yo MaのTangoを聴く。
 加速して行く音にもやがて終わりがくるように。
 安心して眠れる日が来ればいいのに。