豊こんにちは。
豊田恵美です

インフルエンザにかかってしまい
しばらく寝込んでおりました

ちょっとばかし元気になってきましたので
シリーズ、続きを書いていきます

東京でお会いした素敵な方、その②は・・・
「新宿の目」オブジェを作られた
日本の偉大なアーティストであられる宮下先生です

80歳になられるそうですが、
とてもそんな風にはお見えにならない
とっても美しくて素敵な女性でした

私の教育観や「未来バトン」活動に賛同してくださり
応援してくださいました。
『絶対に日本を変えてちょうだいね!』
素敵なお話をたくさん聞かせてくださいました。
本当にありがとうございました

人生の大先輩達にお会いしていくと
共通しておっしゃることが見えてきました。
今回東京でお会いした功労世代の方、全員が同じように言われたこと
日本人は『人』を育てなくなった
ということです。
私の周りにも日常茶飯事のことですが
子供がけんかをしたり、誰かをたたいてしまったりなど
小さな問題を起したとしても
すぐに先生や親など「大人」が出てきます。
子ども達は子ども達の社会で学ぶ ということが少なくなっているように思います。
昔は兄弟も多かったし
お兄ちゃんはある意味ガキ大将みたいな存在で
下は理不尽なことが多少あったとしても従っていたり
そうかと思えば、やっぱりお兄ちゃんはいざという時下の子を守ってくれる
困った時には、なんだかんだいって、手を貸してくれる
気分がいいときには、お菓子だって譲ってくれる(笑)
それが家庭内の秩序だった。
「今はガキ大将がいないのよ。」
宮下先生が言われました。
みんな平等。 みんな並列。 それを求める教育現場。
ちょっと他の子より強かったら、問題児。
ちょっと他の子よりやんちゃだったら、問題児。
ちょっと他の子より頭が良かったら、特待生。
ちょっと他の子より静かだったら、いじめられっこ。
全て大人がそういう目で見ているから
子ども達がそうなっていくのだと。
確かにそうかもしれません。
私の周りでも
そういう光景をよく目にします。
こどもの世界には
大人の目線で決めてはいけないことって、たくさんあります。
私の手がけている教室では、それをテーマにおいていますが
でも、なかなかうまく伝わらず、
スタッフみんなにその真意を浸透させるのは容易ではありません。
例えば、
1歳前の赤ちゃん。
テーブルの上に、何度注意しても足を上げて上ろうとする。
先生は「ダメよ!ダメダメ!」
何度もしかる。足を叩いてみたり、顔を向かい合わせて怖い顔をしてみたり。
確かに「テーブルの上に上るのは良くないこと」
きちんと、いけないことだと教えるのは正しいことです。
でも、その先生がこんな風に言ったりするんですね。
「この子、何度言ってもわかんないのね、言うことを聞かないのよ。」
「最近すぐに机に上がろうとして、困ってるんです。」
それは、ちがいます。と、私は言いたいのです。
ごろごろ寝から、ハイハイ、つかまり立ち、そしてたっち・・・
どんどん赤ちゃんは「出来ない」が「できる」に変わって行きます。
そう、段差を上れるようになったなんて
かなりの進歩!赤ちゃんだって、とっても嬉しいんですよね。
だから、何度だって上りたい。
ちょうど、逆上がりが出来るようになったら
嬉しくて何度だってやって見せたいのと同じです。
私なら、「ここはダメよ。」といって
赤ちゃんを階段や段差のあるところに連れて行ってあげたいですね。
そうすれば、思う存分上って遊べます

先生は、危なくないようにだけ、見ていてあげたらいいんです。
落ちそうになっても、手を貸さない。
「危ないっ!」とか、「おっと、おっと・・・」という感覚だって
赤ちゃんからしたら、たまらないスリルなんですから

万が一、失敗して落ちた時に、キャッチしてあげたらいいんですよね(笑)
子供って、体全体で多くの事を学び吸収しています。
だから、大人の固定概念で その可能性を摘んでしまっては悲劇です。
大人は大人の感覚で子供を判断し、色をつけてしまう場合が多いかもしれません。
その現状を変えない限り
子供が本当の意味でのびのびと才能を開花させる成長を遂げることは
むずかしいだろうと思うのです。
子供の可能性を最大限まで引き出す環境を整える
それが親の役割であり、先生の仕事であり、大人の責任ですよね。
それが、教育なんだと思うのです。
何かをクドクドと教えてあげることではなく、
自ら学び取る力を養うための環境を整えること。
今回も、宮下先生のお話から
そんな実体験を含む話を思い出し
更なる教育改革に志を燃やすのでした
